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■コラム URBANIST IN MAKUHARI■

幕張ベイタウンに
 ワールドカップがやってきた!

取材・文■田柳恵美子(本誌)

2002年10月6日、幕張新都心で開催された
トライアスロン、ワールドカップ。
ベイタウン住民との連携や交流を深めながら、
トライアスロンは地域スポーツとして、
着実に幕張に根づきつつある。



「楽しませる」「見せる」スポーツ、トライアスロン

 最近、モーグルやスノーボードといった若い種目が、どんどんオリンピックの公式種目に加わっている。従来の体育会系のイメージとは違う「肩の凝らない」「くだけた」感じのスポーツが増えてきたのは、とても良いことだ。
 トライアスロンもまた、1974年に初めて競技化された若いスポーツだ。テレビ中継などでは伝わりにくいが、競技全般を通して、DJによるファンキーな中継が会場中にスピーカーで流れ、大会を盛り上げる。「楽しませる」「見せる」ことで、選手と観客との一体感を創出することに熱意を注いでいるのが特徴だ。
 2000年のシドニー五輪で初めてオリンピック正式競技になったのは記憶に新しい。シドニーでは日本人選手6名が選ばれた。じつはこのうち男子の福井英郎選手、西内洋行選手、女子の庭田清美選手の3人は、幕張のすぐ隣りにある名門クラブ、稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ(稲毛ITC)の所属もしくは出身選手である。庭田選手にいたっては、幕張ベイタウンの住民でもある。
 その幕張新都心では、1998年から毎年トライアスロン大会が開催されている。昨年第5回大会からはワールド杯開催地に認定され、ワールドカップ幕張大会との併催となった。稲毛・幕張地域は、名実ともに日本のトライアスロンのメッカとなったといっていい。地元の選手にとっては、自宅から自転車でほんの数分の場所で世界の強豪を迎え撃てるという、絶好の条件を手に入れることにもなった。しかも、海浜大通りのコースは、いつもの彼らの早朝バイク練習コースである。



市民がボトムアップでつくりあげる地域スポーツへ

 稲毛ITCは、ワールド杯のホストクラブとなり、外国人選手たちのホームステイ先の手配や大会運営、ボランティア集めなどを主導した。同クラブは、1994年に発足。高校生から66歳までの110名の愛好家が所属する市民クラブで、メンバーは平日朝週3回と週末の練習をこなしている。10年目を迎えて、今年4月からはNPO法人になった。
 「海外の大会へ行けば、地域の人たちがいつも心温まる、手作りの歓迎をしてくれる。だから私たちも、彼らにそんな歓迎をしたかった」と語るのは、同クラブの創設者、山根英紀ヘッドコーチ。知る人ぞ知るトライアスロン界の草分け、第一人者である。そんな山根さんらの熱意が、幕張新都心のベイタウン住民の協力を引き入れた。ベイタウン自治会連合会でスポーツ委員を務める住民の内田隆さんは、ボランティア運営を率先して組織し、いつの間にか千葉県トライアスロン連合の副会長を兼務するまでになった。
 内田さんらの尽力で、記念すべき第1回のワールド杯大会の前夜祭として、ベイタウンの公民館「幕張ベイタウン・コア」の中庭での住民主催の歓迎パーティー開催にこぎつけた。参加人数は総勢90名と当初予定を大幅に上回り、海外選手30名、日本選手10名、その他関係者・ベイタウン住民ら50名が集い、リラックスしたムードで楽しい交流のひとときとなった。
 「トライアスロンは幕張新都心の良さを全面に引き出せる地域スポーツ。幕張の企業やベイタウン住民からの関心をもっと高めていきたい」と、内田さんは将来への意欲を語る。
 幕張新都心トライアスロン大会は、決してトップダウンで組織されたスポーツイベントではない。山根さんや内田さんはじめ、住民や市民の参加によってかたちづくられているボトムアップな世界大会なのだ。もっと楽しく、もっと遊び心いっぱいに、トライアスロンが幕張新都心に根づいていくことを期待したい。

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