■特別インタビュー■
東京ゲノム・ベイ構想の拠点連携を(2)
農業バイオの可能性
──具体的なプロダクトのイメージはありますか?
大石■いつまでもゲノム解読ばかりをやっているわけにはいかない。たとえば、窒素固定が重要テーマの1つです。これからの農業での環境問題のポイントは、いかにして窒素肥料を使わないか。窒素肥料を作るための莫大なエネルギー、輸送コストなどは大変な問題になっています。
たとえば、マメ科の植物の根に付くある種のバクテリアは、空気中から直接、窒素を固定してくれる。もしこのような根粒バクテリアを活用した窒素固定が、マメ科だけでなくすべての植物で可能になったならば、世界のエネルギー消費の2〜3%を一挙に削減することができてしまう。こうした研究も、ゲノムの発展領域としてあります。これは長い間の夢の夢ですが、その一歩を、我々は踏み出しつつある。2年半前から世界で初めて着手している。
せっかく先鞭をつけているのに、米国がその重要性にやはり気づいて、猛烈な勢いで我々の何倍ものお金を投入して、追撃に来ているのが現状です。中国ももちろん強化してくるだろうから、かなり厳しい競争になるでしょう。
──おもしろいですね。千葉県は農業県です。
大石■日本の盲点としては、農業分野のバイオへの関心が低いことです。食糧は外国から輸入するものだという観念が強すぎて、国内の農業政策は農家の保護行政が中心になってしまっている。しかし、農業分野のバイオは、これからものすごく重要になる。国土の狭さをカバーできる新しい農業技術がこれから生まれてくる可能性があり、日本としてはそこへもっと力を入れるべきです。
特に、千葉県は北海道に次ぐ日本第2位の農業県です。そういう意味でも、もっとここで農業分野をやるべきでしょう。例えばこの近隣に、日本各地の都道府県からの出資を受けて、近代農業の先端的な研究センターを作る。そして、われわれの研究所がそこへ全面的な研究協力を行っていく。そのような構想の下に、農学系からもたくさんの人たちが集まったら、それだけでも素晴らしいことだと思います。そうした横断型の研究体制はぜひとも必要です。
精密工学やナノテクとのコラボレーションを
──バイオの歴史は他領域とコラボレーションすることで発達してきた歴史です。
大石■ゲノムのあとのキーワードは「多様性」と「流動性」でしょう。この基盤の上で、何が起こるか予想もつかないという状況になるだろうし、そのベースとして生物学者と情報系の学者との組み合わせによるバイオインフォマティクスが今後のポイントになる。生物学者も情報系のトレーニングを受けてきているし、その逆もかなり出てきています。
日本で欠けているところは、生物学者と精密機械工学者との組み合わせではないか。これからは、精密工学との融合がもっとあるべきです。
どう考えてみても、分子生物学では、米国の力が圧倒的です。日本がそこに伍していくには、やはり日本が強い分野である精密工学、機械工学、ナノテクノロジーとの組み合わせを、戦略的に考えていく必要がある。もちろんなんでも小さくすりゃあいいというものではないですが。
──コーディネーターとかプロデューサーといった機能や人材が必要となりますね。
大石■研究所の欠点は、研究はうまくやっても、商売がうまくない。特許くらいまではなんとかできるが、我々のもっているシーズのどこをどう加工したら、何かの製品化につながるのか、そこがわからない。やはり、研究者がそこまで自力で考えるのはとても無理な話で、研究所のシーズの実用化、応用化、企業化のためのノウハウやリソースを持った組織が必要です。
本来は、第3セクターが最も望ましいと思うのですが、財政状況の厳しい千葉県には多くを望めない。残る手段は、自分たちでお金を調達する、自力で投資家を探してくる必要がある。しかし、ベンチャーキャピタルなどは、短期的な成果を求めたり、研究内容に口を出してきたりする面がある。そうではなく、あくまでも事業化の面での支援、アドバイスをしていただけるパートナーとの協力関係が必要になるでしょう。
「二重らせん」発見から50年
──東京湾横断道路で東京駅から1時間と、ずいぶん便利になりました。
大石■ここには年間1万人以上の見学者が来ています。修学旅行も来るようになりました。
また、研究所で発行している『DNAリサーチ』というジャーナルは、論文引用件数を指標とする影響力のランキングで、2002年には国内でナンバー1になった。インターネットでのホームページアクセス件数も、2001年は957万件、2002年には1千万件を超えています。コンテンツとして注目すべき研究内容を出しているから、アクセスはほとんど外国からです。
──今後の研究マネジメントについては?
大石■とにかく1にも2にも人です。東大や京大からもオファーが来るような、第一線の研究者たちを引き付けておくには、本当に神経を使ったマネジメントが必要です。その道の一流の研究者は、もちろんプライドも高い。基礎のサイエンスと、応用開発、製品開発とのインターフェースなど、気をつかわなければならないでしょう。
──幕張はIT系の若い研究者が多く集まっています。バイオへの幅広い関心を高めるため、バイオインフォマティクスの講習などやっていただけませんか。
大石■千葉県のためならなんでもやりますよ。
──今年はワトソン&クリックの二重らせん発見から50年ですね。
大石■4月にはお祭りをやります。ぼくの研究人生は、本当にDNAと一緒にあった50年だった。それにしても50年でここまで来れるとは、思いもよらなかったことです。
*1 ゲノムとは、細胞の中に存在する遺伝情報の総体です。そこには遺伝子と、遺伝子の発現を制御する情報などが含まれています。タンパク質、遺伝子はいわば製品とその設計図であり、ゲノム上には設計図のほか、製品の製造を管理・制御している部位が存在することになります。また、現在ではその存在意義が不明ですが、生物の機能維持に何らかの影響を及ぼしていると考えられる領域もかなりの割合で存在しています。これらを明らかにしていくことによって、生命現象のより正確な把握が可能になると考えられています。
こうしたことから、「全てのゲノムの塩基配列を決定してしまおう」というプロジェクトがヒトを含めた様々な生物を対象として実施されています。遺伝子、タンパク質との三位一体の研究により、高い次元での生命現象の把握が期待されます。(理研ホームページより)
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*2 生命現象はDNAやRNAなどの生体高分子間の一連の生化学反応の総体として現れるものです。バイオインフォマティクスはこの生命現象を「情報」の立場で解明していこうとする研究です。「情報」には単なる情報を超えた広い意味が含まれており、インフォマティクスと呼ばれています。
バイオインフォマティクスは次の分野を対象にしています。
1)DNAから配列情報を読み取ったり、X線やNMR装置を使ってタンパク質の構造を決定する研究をスムーズに行うための情報処理技術。
2)DNA配列情報をデータベース化し、それらを活用することでDNA配列情報から「生命の設計図」や「生命の歴史」を読み取る研究。
3)「生命の設計図」に基づいて作られるタンパク質がどのような形で、どのように働いているのかを解明する研究。
4)個々のタンパク質がどのように組み合わさって複雑、大規模な生命現象を実現しているのかを解明する研究。
これらの研究を進めるためには、高速のネットワーク、高速・大規模コンピュータ、大容量DISKなどの環境整備が重要です。(理研ホームページより)
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*3 『東京ゲノム・ベイ計画』新井賢一著 講談社+α新書、2002年
*4 経済産業省所管
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■かずさDNA研究所ホームページ■
おおいし・みちお●(財)かずさDNA研究所所長、東京大学名誉教授1935年生まれ。専門は分子生物学、分子遺伝学。米国プリンストン大学研究員、ニューヨーク公衆保健研究所主任研究員、ニューヨーク大学医学部微生物学教室教授を経て、1979年、東京大学応用微生物研究所教授。1993年、分子細胞生物学研究所長。95年、工業技術院生命工学工業技術研究所長を経て、現職。1972年、大腸菌の形質転換を発見。2000年、米欧の研究チームと共同でアブラナ科のシロイヌナズナ(通称ペンペン草)の遺伝情報を解読。
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