日本型システムのすべてが、ポスト工業化社会には不適切であるといっても言い過ぎではないだろう。日本を悪くしている大きな理由の1つは、教育である。私立の進学校受験ブームのような、テクニカルに走る教育が、知的にマチュアな(成熟した)資質を伸ばす教育をスポイルし、国を滅ぼすのではないかと強く危惧する。
地方でもエリート教育志向の家庭では、県立高校ではなく、中学から都市部の私立高校に子どもを進学させる傾向が強くなっている。そうしたシステムを経て地方から東大・京大へ進む学生が、圧倒的に有利という状況になっている。しかしこうした人材に実際に会ってみると、本は読まないし、応用力はない。受験勉強しかしてきていないので、官僚にしても、学者にしても、その余りの教養の無さ加減に呆れるという若い世代が増えてきてしまっている。
大学受験の段階で、受験のテクニック第一でふるいにかけられてしまっている。これでは、みすみす地方の優秀な人材を無駄にしているとしか思えない。
「失われた10 年」が意味する本質は、日本の人的資本の劣化、これに尽きる。もちろん様々な改革をする必要があるわけだが、最も大切なのは、子どもたちへの教育を考え直すことだろう。学びがいのある社会、働きがいのある社会とは何か、地方が率先して価値規範の枠組みを取り戻す必要がある。(談)
