■提言 MAKUHARI 21■マクハリ、未来型集積へ
日本の戦略優位と地域クラスター
──幕張に立てる旗(2)
「擦合せ型」の産業を戦略的に考えること
たとえば、日本の自動車企業は米国でのマーケット・シェアが史上最高になり、メーカー全体でも史上最高益を出している。自動車のような「擦合せ型」の製品は、もともと日本企業は得意であり、戦略さえ大きく間違えなければ、かなり良いポジションが保てるのだ。一部メーカーの90年代の不振は、結局のところ戦略その他の本社マネージメントが戦略を間違えていたことによる。いわゆる「強い工場、弱い本社」といわれる状況が、その原因だろう。
たとえば、パソコンでは勝てなくとも、日本企業がD-RAMでは勝てた時代があった。しかしその後、D-RAMの生産が新鋭設備一式を先に導入すれば勝てる「組合せ型」のプロセス・アーキテクチャに変わった時、一気に韓国メーカーが優勢に立った。ワールドカップを見ていても感じたが、こうすれば勝てる、という道筋がわかったときの韓国企業の強さは物凄い。
半導体製造業もかつて日本は強かったが、これもやや「組合せ型」化してきて、オランダや米国のメーカーが強くなってきた。
こうした産業競争力の浮沈は常にあり、どこかが弱くなれば、また別に強いところが必ず現れる。いまでいうならば、半導体材料の分野が、日本にとって強みを発揮できる分野の1つになっている。シリコンや絶縁材や封止材などの半導体の主要材料分野では、日本が軒並み世界の7割程度のマーケット・シェアを押さえている状況にある。また、一般電子部品分野をみても、日本が7〜8割のシェアを押さえているものが多い。つまり、最終製品に近い電子機器やデバイス分野よりも、むしろ一般電子部品や電子材料の方で、日本は圧倒的な優位をもっているわけだ。
たとえば、携帯電話の製品戦略でモジュール型の強みを発揮して、韓国の三星電子が優位になってきたとしても、そのなかに入るセラミック・コンデンサは、「擦合せ型」でないとできないため村田製作所のような日本企業が強いといった具合である。
「組合せ」の戦略にたけた中国
また、シャープや三洋電機のような企業の戦略をみていると、その辺りの判断に迷いがないという印象がある。中国に出すべきものはさっさと出し、日本に残すべきものは残す。そこには、「擦合せ型の製品では日本で勝負する」という戦略が明快にみえてくる。
これは他の産業分野、たとえば、アパレルなどでも同じだ。ユニクロのように大ロット発注で生産は中国に移転する企業がある一方で、ワールドのように、小ロットジャストインタイム生産を前提に、大半のモノ作りはまだ日本でやっている企業もある。
その理由は、ビジネスモデルの違いにある。ワールドの場合は、ユニクロに比べれば高級ラインが多いことから、残存在庫率を減らすこと、つまり期末の余剰在庫、叩き売り製品を徹底的に圧縮することを通じて競争力を確保している。
逆にユニクロは、残存在庫はある程度は出ても仕方ないというモデルでやっている。一定のロットを中国で生産することで、むしろ製造コストを下げ勝負をかける戦略である。これはどっちが正しいというのではない。明快なビジネスモデルにもとづいて、私は中国に出ます、私は日本に残りますという、それぞれの迷いのない判断がなされていればよい。
しかし、確たるビジネスモデルもなし、戦略もなしに、隣が出たからウチもといって泡くって中国に行って失敗している会社もたくさんある。
中国には、低賃金の労働者だけではなく、安い設備があり、安い部品材料がある。そして、これらをすべて「組合せ」てヒットするものを考えることのできる人たちも多くいる。必ずしも技術力の高い企業が多いわけではなく、むしろかなり商人資本的といった方がいい感じだが、さすがに戦略観がある企業が少なくない。日本より戦略的で、はるかにスピーディーに動ける企業が多い。そういうところに、日本の企業がのこのこ何の工夫もなく出て行ったらアウトだ。この辺りの戦略的な見切りが付いている会社が、日本に残すもの、中国に出るものを迷わず選択できているということだ。
幕張に“迷わず居る”企業を大切にする
これを地域のレベル、例えば幕張で考えてみれば、「幕張に迷わず居る企業、迷わず残っている企業」を大事にすることから始まるだろう。この段階では、別に個々の企業はバラバラでかまわない。最初からネットワークのためのネットワークや、クラスターのためのクラスターを創りましょうという話は無理があるし、その必要もない。まずそれぞれの「己」ありき、確固たる「戦略観」「ビジネスモデル」ありきで考えて「だから、幕張がいいんだ」と迷わず言い切る企業を、どれだけ抱えられるかというのが、これからの地域集積の勝負となる。
それは必ずしも、広大なフロア面積を占有している大口顧客である必要はない。
マーケティング論でいう、大口ユーザーとリード・ユーザーを分けて考えなければならない。リード・ユーザーというのは、例えば、いま現在は数%のシェアしか取っていないが、じつは5年後10年後には多数派に伸びる可能性がある、未来のマーケットを先取りしていく顧客のことをいう。
この観点から地域の産業政策を考えれば、行政は実際に戦略的で市場をリードしている顧客(=企業)は誰かに着目し、彼らに学ぶという姿勢が必要となる。いまいちばん輝いていて、いちばん先頭を走っている企業に照準を合わせて、彼らが何をやっているのかを、徹底的に学習し、どうしたらそういう企業がもっと増えるのか、そういう企業がもっと走りやすい環境を整えるにはどうすればいいかを追求する。
そして、彼らがもっている技術のロードマップを実現する上で、不足しているものは何なのか、それは外部調達ですむものなのか、あるいは内部で抱え込んでおくべきものなのかを判断していく。そういったビジョンを、企業戦略と公共政策とで共有できることが大切である。
とりあえずは自然発生的でもいいのだ。先頭にいる企業が創発的な方向性をみせてきたら、そこをぐっと押してやる。その意味では後付けの政策でもいいのだと思う。しかしじつは、行政にとって、後付けの政策ほど、センスが要求されるものはない。最初から計画づくで構想された政策よりも、ずっと繊細な感覚が要求される。いま最も速く走っている人たちと同じスピードで走りながら、その人たちが右に曲がったら、さっと右に道を作ってやるとか、そういうセンスが要求される。
このセンスが、一部の省庁の部局ではようやくみられるようになっているし、一部の都道府県でもみられるようになってきたと思う。いま官僚や首長に問われているのは、産業のトップランナーがもっているクリエイティビティやセンスを感知し、理解する能力だろう。それは売り上げトップの大企業とだけ付き合えばいいということではない。
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