渡辺■当時はちょうど、横浜でも埼玉でも、業務核都市に住宅を複合化していこうというコンセプトで、それぞれに特徴、色合いを出そうとしていた。そこで、ベイタウンは新しい都市居住のプロトタイプを提案しよう、それも従来の東京のベッドタウンとしてではなく、千葉県民にとっての新しい都市居住のあり方を追求しようというのが、基本的な我々の開発目標だったといえるのではないかと思います。
昭和61(1986)年頃の最初のマスタープランは、どちらかというと郊外開発の住宅団地を意識していました。その1つの大きな特徴は、住宅をなるべく道から遠ざけるということです。道というのは住宅地にとってうるさいものだ、害悪だという考え方に基づいていて、広大な敷地をとって、その内側に閑静な住宅地をつくる、これが田園都市型のニュータウンの思想です。
しかし、新しい都市型居住というのは、どうもそういうものではないのではないか、道というのは、ただ交通のためのものだけではなくて、生活やコミュニティを形成していくうえで非常に大事なスペースではないかという議論が出てきた。その結果、街の中を縦横に道路が走り、ほどほどの大きさに分割された街区が連続するというマスタープランへと見直された。街区には中庭があって、内側は中庭を囲み、外側は道路に面するという、「沿道型住宅」という発想が出てきたわけです。
大室■昭和から平成にかけて、「住宅」で何か、従来にない新しいものを提案しようという流れがありました。しかし我々の頭は、従来の郊外団地型の住宅開発の発想にどっぷり浸っていたので、ベイタウンの「沿道型住宅」というコンセプトを最初に見たときは、びっくりしましたね。
沿道型住宅というのは、中庭を住宅がぐるりと囲む形になるから、北側向きの住宅ができたり、西向きの住宅ができてしまう。住宅といえば、南に居室があって太陽がさんさんと入らなければいけないと考えてきたから、「え、こんなの売れるのか?」という意見が、社内にもだいぶありました。
安藤■そうですね。当然ながら北側にも住戸ができるわけですから、湿気の多い日本で問題ないのかとか、疑問はだいぶありました。
渡辺■ただ実際には、中庭を囲んで、そこそこの日照をとるよう工夫しましたから、完全な北向き住戸というのはそんになに多くはないんです。
むしろ中庭を広くとって、内側と外側との生活のありようを変えていこう、中庭のある生活というものを、それぞれの街区で各事業者の皆さんにいろいろと工夫してもらった。沿道型住宅といっても、単に住宅が道に面しているヨーロッパ風にするというのではなくて、中庭を囲んだ内側の生活を暮らしながら創出してもらおう、それが最大のコンセプトだったんじゃないかと思います。
その結果が、意外に評判がいい。住民の方々のコンサートやコミュニティ活動など、思い思いに使われています。やはり、中庭という第三の空間をつくって良かったと思いますね。
大室■あの中庭の活用の仕方とか、共同管理の取り組みに、ベイタウンの住民の方々の意識の高さがみられるように思います。
安藤■街区によって常に開放されている中庭と、セキュリティ上、住民しか入れないところとがありますが、夏祭りのときなどは中庭を開放し、他の街区の方たちも自由に出入りできるよう工夫され、活用されています。
渡辺■中庭を住民が維持しようという発想は、じつはヨーロッパの伝統的な沿道型住宅にもあまりないんです。これは意外に日本的かもしれませんよ。
個人的には、都市生活の一番のモデルは日本では京都だと思っています。15〜16世紀頃の「洛中洛外図」という絵をみると、やはり囲み型なんです。表では商売をやって、裏では生活をやっている。共通の井戸があったり、便所があったり、物干しをしたり、畑をつくったり、場合によっては、なんと茶室をつくっている。そこでは、表の賑やかさからちょっと離れたところで、自分たちだけの楽しみを演出しているんですね。
表と裏のうまい使い方をやれる都市住宅というのが、何かありうるんじゃないか。これがベイタウンの1つの発想の原点といえば原点です。
大室■日本でも通常の集合住宅ですと、管理組合ができても、住民が共同で何か創造的なことをしようという動きはあまりない。どちらかというとディベロッパー側のお仕着せで託児所とか、いろんな共有施設をつくってみたりするけれど、結局ほとんど使わないで終わってしまうことが多いです。最初はそれで人が集められても、長い間に住宅の質とか、住んでいる人たちが変わってきたりすると、無用の長物になってしまうんですね。
その意味でベイタウンは、ディベロッパーがソフト的な価値を組み込んで提供することに成功した、日本の住宅市場の中では画期的な成功事例なのではないでしょうか。街区とか中庭という発想、あるいは街全体の設計思想という特集 都市型居住と幕張方式──幕張ベイタウンが目指す第三の道ソフトを通じて、住民が独創的なコミュニティを形成しつつあると感じています。