「個人にとって外的であるようなかなり多くのものが、集団にとって内的なもの」となった「外側のない家か廊下」というベンヤミンの19世紀パリのパサージュ論は、幕張ベイタウンに
も当てはまる。居住者にとって、余所者が通る機会の少ない時間帯は、特に、本来は個人の外的な存在であるプロムナードを内的なものと感じられるのではないだろうか。
しかし、ここを19世紀パリのパサージュと言い切るには、いかにも道幅が広くて開放的である。いわば、オスマンによって視線と風の通りが良くなった後の街路に、大改造によって取り払われたパサージュを再現したようなものではないか。
ベイタウンのプロムナードは遊歩者に夢の時間を提供するという意志はもちながら、健康的で清潔を求めるもう一つの近代の観念にも対応し、未だ折り合いがついていない。本来裏道であるパサージュや皆が同じ世間を生きるという日本的な「縁側」の役割は充分に果たしていないという印象である。代官山や表参道で軽自動車バンによってエスプレッソなどを販売する「珈琲屋台」も、ベイタウンで営業を開始したが、街路に駐車している他の車に紛れてどこか遠慮がちで、代官山や表参道の場合のように人の流れや視線を集める力を発揮していない。
ベイタウンには各街区に中庭や集会場があり、「縁側」的な機能を担っている。従って、ベイタウン全体を俯瞰しないと「外側のない家か廊下」という構造はよく見えてこない。そこまで立ち入る機会がない余所者にとって、一度や二度のプロムナード散策では集団の夢を共有するまでには至らず、業種の構成や個々の店の振る舞いを楽しむに留まった。19世紀パリのパサージュに匹敵する遊歩の環境およびフラヌール(遊歩者)を想定するには、少し外の世界を参照する必要がありそうだ。