■特集 幕張シャンゼリゼ■
幕張シャンゼリゼへの試論
「歩くための道」考
上山良子■ランドスケープデザイナー
「道」はその土地性と結びついているとき、 その場所に対する「トポフィリア:場所愛」(※)を生む。 I.F.トゥアンのいう「非常に個人的な場所に対する感情」としてのトポフィリアの感情は、意外にも「道」に対してもつことがある。 原風景としての道――。
(※『トポフィリア』イー・フー・トゥアン著、せりか書房)
道の物語との出会い
絵画の中の道。東山魁夷の「道」のもつ静寂ななかにある人生の決断を感じさせる美しさ。ピサロの描く風景の中のどこまでも続く道沿いにならぶ並木の優雅さ。 また、実際には、数十年前に初めて出会ったローマの道の頼もしさ。2000年という年月を経ていまだにそのしつらえが人々に感動を与えるアッピア街道。大きな木のこのようなイタリアンストーンパインの老松の独特の形態と石畳を見ると、「ああ!またローマにやってきたのだ」と昔と変わらぬ風景に感動する。この2000年間にローマ帝国以上に道を作った民族はいないという。シクストス6世の創ったバロックの街路。無限の概念に導かれたシステムとしての軸線は様々なランドマークにむかってヴューコリドー(視線回廊)を創出する。街角の噴水装置もドラマタイズされる。
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■その土地らしさを表現した
道のしつらえ:19世紀(図版1) |
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■街の持つ迷路性、そこには 常に新たな発見がある(図版2) |
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■街に向かって開かれた店は、 道を生き生きとさせる(図版3) |
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誘発し、魅了し、発見する…
視界を開いたり、閉じたりしながら、シークエンシャルに展開する景観の構成。ラビリンシャルに演出されたアレイ。そこでは舞台装置としての道が人々の演技を待っている。人のアクティビティを誘発する道、ドラマタイズされた道空間は訪れる人々を魅了する。道にしつらえられた水の舞台。緑の壁のなかに埋め込まれたイコン。常に何かの発見をする場の連続。幕張にそんな歩く道がほしいと考えたところからこのページははじまる。視界を開いたり、閉じたりしながら、シークエンシャルに展開する景観の構成。ラビリンシャルに演出されたアレイ。そこでは舞台装置としての道が人々の演技を待っている。人のアクティビティを誘発する道、ドラマタイズされた道空間は訪れる人々を魅了する。道にしつらえられた水の舞台。緑の壁のなかに埋め込まれたイコン。常に何かの発見をする場の連続。幕張にそんな歩く道がほしいと考えたところからこのページははじまる。
豊穣な歩く空間への希求
図の上で2次元で画一的に考えられた「道」の氾濫。幕張も例外ではない。 どうしてこうもつまらない道なのかと思いながら歩く。豊穣な歩く空間が希求される。歩いて 楽しい街のクライテリア。その土地の記憶を見据えた上で四次元で考えていくとき、「道」のドラマの舞台となる空間が生み出される。時間軸への対応。仮設性のみえがくれ。バザールセンス。 期待感を誘発する迷路性。誘惑の可能性。ひととの出会い。そんな道を創ってみよう。
望まれる空間構成
カルフールとは集団の交流とか交差点という意味を持つ言葉という。この「人の交差点」を出発して幕張の浜へ向かう道は豊かな歩行者のための移動空間として重層性を持った快適空間が望まれる。道と建物とのインターフェースが希薄な空間からの脱却。街が生き生きするためのバザール空間へ変換する。緑陰の下で「なにかおもしろいモノ・場」の発見。 何もしない場の存在。夏の風をよぶ樹林(ボスケ)の配置。土地の記憶を彷彿とさせる座の彫刻。バザール空間のための空き地。迷路性の魔力。竹を使った仮設の屋台。もとあった海のメタファーとしての流れる水。そんな空想をしてみた。
うえやま・りょうこ●ランドスケープデザイナー、長岡造形大学大学院教授、上山良子ランドスケープデザイン研究所所長
主な実績に、ロングビーチ市街地再開発基本実施設計(CHNMB=旧ローレンス・ハルプリン事務所にて)、芝浦シーバンスランドスケープデザイン基本/実施設計、二子玉川高島屋S.C.20周年改装基本/実施設計、日立科学館屋上庭園、長岡平和の森公園 設計監理('96AACA賞受賞)、幕張新都心住宅地H-1 街区グランパティオス公園東の街ランドスケープデザイン、芝三丁目再開発基本計画デザインガイドライン・基本実施監理、ヘルシンキ都市公園コンペ招待参加特別賞受賞など。著書に『環境をデザインする』(朝倉書店、共著)、『地域の価値を創る』(時事通信、共著)
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