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コラム■URBANIST IN MAKUHARI

「にぎわいをつくるビジネス」の先駆者
幕張メッセの十年(1)
文■森田 萌


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 「近々幕張に行くことになった」。幕張メッセの立ち上げに関わることになった夫が妻にこう言った。すると妻はこう訊ねたものである。「なんで幕を張る仕事なんかするの?」と。草創期の嘘のような本当の話である。

 ともあれこの十年で幕張という地名も、メッセという施設名もすっかり知名度を上げた。上がったのは知名度だけではない。コンベンション・ビジネスというカテゴリーもまた、自立し認知度と成熟度を上げた。

 たとえばメッセという言葉。ドイツ語の辞書を引くと、教会のミサを意味するとともに、見本市を指すとある。こんなうんちくは知らなくても、幕張メッセと聞けば世の中の大半の人々は、にぎやかな集いのシーン、あるいは他では得られない情報を手に入れるシーンを、すぐさまイメージすることだろう。

 しかし冒頭で紹介したエピソードが笑い話になるまでには、十年という時間が必要であったことも事実である。『(株)日本コンベンションセンター十周年記念誌』の座談会で、沼田千葉県知事が開業に先だって、海外のコンベンション施設を視察した感想として「にぎわいをつくることも、モノをつくることと同じような意義をもっていることがよくわかった」と語っているが、こうした考え方自体がそれまでわが国にはなかったものであり、ましてそれがビジネスとして成立することは、当時は想像することすらむずかしかった。

 そうした状況を考えると、幕張メッセのこけら落としが「第28回東京モーターショー」であったことは大きな意味を持つ。その規模、その知名度、その人気度、どれをとってもこれに勝るお披露目はなかったろう。日本を代表する業界団体が主催し、世界の自動車市場を席巻するわが国のメーカーを中心に、出展者は三百を越え、総入場者数は一九二万人に達した。今にしてみれば高度成長の最後の輝きとも思える盛況であった。


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