欧米先進国では、一九六〇年代の戦後の都市の膨張はあったものの、その後の都市の人口はあまり膨張していない。そういう意味では、東京の膨張というのは世界の都市の中でも他に例のない激しいものだった。しかし、その人口増加も、ようやく二〇〇〇年代のはじめにピークが見えてきた。わが国も成熟化を迎え、これまでの開発一辺倒の都市づくりに代わって、都市構造を変えていく再開発、例えば環境共生型の再開発といったものが必要とされていくことになる。
交通問題では、例えば路面電車の復興など代替交通の再開発。あるいは臨海部のゴミ処理場を都市生活向けの発電プラントにするといった、リサイクルを主眼とした再開発。そうした再開発を、今ある大きな都市構造をベースとしつつ、都市マネジメントの視点から加えていくことが今後の課題となるだろう。
人口の集中と過密は、これまではどちらかといえば、いいことだ、繁栄の象徴だと言われてきたのだが、住宅事情、電車や道路の混雑など、悪い状態が放置されたまま残っている。マクロ的な観点からいえば、容積率の規制などは、無際限な過密に一定の歯止めをかけるもので、開発の激化した八〇、九〇年代には確かに有効なルールだった。しかし、開発そのものに規制をかけるだけでなく、今すでにある過密の問題も柔軟に対応する都市マネジメントのルールが、もっと考えられていいはずだ。
過密対策のために、郊外への拡散的な街づくりも進められてきたが、周辺市街地の開発は、街が拡散的なために、環境への負荷が大きくなる可能性がある。したがって、人口が少ない地方都市では、環境への配慮が今後重要になってくるし、大都市周辺では過密対策が優先される。
日本のように、三千万、四千万人に土地所有者が分かれているような国というのは、世界的に見ても珍しい。土地が細分化されているために、土地を束ねたり、土地を計画的に利用するということが、なかなか困難という特殊性を持っている。
ヨーロッパは自治体が土地を持っている割合が高く、例えばストックホルム市は、七、八割の土地は市が保有し、民間に貸したりしているので、規制も地権者として強く打ち出せるという。イギリスでは地方に行けば大きな土地は貴族が広大に持っていたりする。ヨーロッパの伝統的な面ともいえるが、やはり地権者が公共に近いと、都市計画の実効性が強い。スケールの大きな計画や、思い切った開発ルールなどが可能なゆえんである。
一方、権利が細分化されていることもあろうが、日本人はその性格もあってか、細々とした土地まで使い倒しているが、その代わりにスケールの大きな土地利用がうまくない。広場、公園などの公共施設もちまちまとしたものになっている。