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「幕張をシリコンバレーに」という熱意の人々へ
産業集積の自立的な発展


橋本寿朗

シリコンバレー、ボストンのルート128の目覚ましいハイテク産業集積は、「現代の二都物語」とも呼ばれ世界中の注目を集めている。幕張への提言を含めて、21世紀型の都市と産業の可能性を探る。

LOOK MAKUHARI!と言われるために

「幕張をシリコンバレーに」と熱心に頑張っている人々がいる。
 シリコンバレーに学ぼうという動きは1990年代の前半にも活発であった。しかし、台湾の新竹地区は産業集積として成功したものの、シリコンバレーに並ぶ世界の産業発展のコアになったわけではない。シリコンバレーに依存して、台湾の生産要素賦存条件を活用して地域活性化を実現し、台湾における産業発展の中心になったのである。それはまぎれもなく成功事例ではある。
 シリコンバレーはカリフォルニアにしかない。シリコンバレーに学ぶということの意味を明確にする必要がある。その際には、三つポイントがある。第一はシリコンバレーは計画的に作り出されたのではなく、自然発生的に産み出され、しかも産業発展のパラダイム・チェンジを担っているという事である。第二はシリコンバレーで展開していることは20世紀末の産業革命であるということである。その中心にあるのはデータ通信を中心にしたデジタル革命である。したがって、シリコンバレーをまねても、第二、第三のそれは生まれない。
 しかし、第三にパラダイム・チェンジは産業集積の発展であり、産業集積が発展することによって産み出される地域経済社会活性化の効果は学ぶに値するし、優れた産業集積の集積内メカニズムを学んで、外部効果を作り出そうという試みには意味がある。その成果はシリコンバレーに学びながら、それとは異なった新しい産業集積を作り出すことになろう。つまり、Look Makuhari ! といわれるようになることが重要であろう。
 以下、まず、シリコンバレーなどを考えながら産業集積の持っているパラダイム・チェンジの意味、産業集積の経済機能について考え、それらから幕張の発展にとってどのような教訓が得られるかを考えてみたい。



大統合企業から産業集積へのパラダイム・チェンジ

 最近の十年余り、カリフォルニアのシリコンバレーやボストンのルート128などに代表される、ハイテク産業集積の活発な活動への関心が続いている。A・サクセニアンが『現代の二都物語』で、この二つの産業集積を比較して、シリコンバレーに軍配をあげたが、ルート128も新たなハイテク繊維産業集積に発展している。また、アメリカのかなりの数の地方で産業集積の発展がみられる。他方、ごく最近ではシリコンバレーに景気後退の波が押し寄せているともいわれる。
 産業集積は生き物のように絶えず変遷している。では産業集積にはどんな機能があり、いかなる魅力があるのであろうか。一番大きなポイントは、統合型大企業から産業集積へというパラダイム・チェンジが起こっていることであろう。



大統合企業の限界

 20世紀をリードしてきたのは、炉・反応塔・建物など大型の建造物、多数の連続的な生産工程、広大な工場敷地、長大な構内輸送施設、多数の従業員を構成要素とする大工場をいくつも持った大統合企業であり、大量生産であった。大量生産された製品は大量高速の輸送産業によって配送され、しかも大型小売業などの革新的な流通業態によって大量流通が実現した。市場よりも企業内の組織的な調整が重要視され、生産、運輸、流通が計画的に運用された。大量生産、大量輸送、大量販売は相互補完的であったのである。
 大量生産、大量輸送、大量販売システムは組織的で計画的であったから、比較的見やすく、操作可能性が高く、企業レベルで学習、模倣しやすく、国際的にも普及した。もちろん、リーン生産システム論を唱えたウォーマックが見事に分析したように、模倣だけでは不十分であって、大量生産システムが定着する際には独自の工夫が試みられ、日本ではリーン生産システムが産み出されたのである。
 しかし、1970年代末以降、大統合企業の問題点が明らかになった。80年代の半ばに、ピオリ・セーベル『第二の産業分水嶺』が大量生産システムの優位に終わりがきつつあることを指摘した。彼らが大量生産にとってかわるものとして提唱したのは柔軟な生産システムFMSであり、中小企業を中心とした産業発展であった。中小企業が分厚く分布し、活発に活動する地域に注目して、新しい産業発展を産業地域の発展と捉えた。産業分水嶺とは産業発展のパラダイム・チェンジの転換点を意味する言葉であった。
 産業地域は産業自体に注目すれば、産業集積であり、地域間の結び付きlinkageも重要である。リンケージはシリコンバレーと新竹のように補完関係の場合もあれば、産業集積としての融合、拡張の場合もある。地域活性化にとってどのようなリンケージ戦略をとるかが重要になる。



国際交通システムの大革新


 ピオリ・セーベルが捉えていなかった大きなポイントは、1970〜80年代以降、ヒト、モノの輸送、ネタ(情報)の伝達、カネ(資本)の移動の効率が劇的に高まったことである。ヒト、モノの移動は一桁高い効率を実現し、ネタ、カネの移動効率は数桁から十数桁も高まり、現在もその効率の急速な向上が続いている。デジタル革命の威力である。ネタ、カネの移動も含めて国際交通といえば、国際交通システムに大革新が起こり、しかもそれが継続しているのである。
 そして、その基礎にあるのはマイクロエレクトロニクス技術であるが、それによってモノやサービスの生産諸工程は工程ごとに分離することができるようになった。したがって、世界を見渡して、企業は人材、部品、資材、資金を最適調達することができ、最適地に立地することができるようになる。特定の国を本拠として他の国に事業を拡張するという国際化から本拠にこだわらずに最適地を選択する地球化 globalization への展開である。これらの変化が政府の役割と企業組織に大きなインパクトを与えている。
 グローバリゼーションの展開によって、政府はヒト、モノ、カネ、ネタの移動を制限できなくなり、逆に国が企業による立地選択の対象になっている。したがって、マクロの経済政策は有効性を減じ、良い、優れた雇用を得ようとすれば、国は企業が立地しやすいような経済制度の設計を行ない、選択の余地なく経済制度の平準化を進めざるをえなくなっている。国民国家は退位の方向を歩んでいる。
 他方、大統合企業の非合理性が目立つようになった。統合型の階層的な経営組織を通して、情報を集中して保有し、予め計画的に設置された企画部門で情報を処理し、企業活動を計画し、その計画に従って予め職務と権限を分与された社内の諸部門に指令する(情報を流す)企業情報システムが不効率になったのである。最近、大企業においても、本社機能を企画・統括機能に限定し、事業本部(事業部)に独立会社に近い自立性を与えるような分権的な企業組織への転換を進める改革などが行われているのは、大企業の非合理性を緩和しようという試みである。
 他面で、それは規模の小ささが不利益ではないということでもある。中小規模の企業でも医療器械分野で専門性を高めて、ニッチ市場を開拓し、効率的な輸送システムを利用してハイテク企業に精密部品や製品を供給し、他社を追随させない世界のオンリー・ワン企業となっている事例もあるし、それに類似の企業は様々な分野に輩出している。産業集積が産業発展の新しいパラダイムになるというのも、こうした企業システムの変化を基礎にしている。



産業集積の経済機能と意義


 さて、国民国家の退位と企業システムの変化を組み合わせると、地域と中小企業の重要性がクローズアップされるであろう。そして、さらにA・スミス以来の真理である分業の進展による効率向上を組み合わせれば、産業集積の産み出す利益、つまり集積の外部経済効果が重要だということになるであろう。
 シリコンバレーにはヒューレット・パッカード、インテル、サンマイクロ・システムズなどの大企業があるが、インテルやサンは急成長企業である。産業集積の特徴は大規模企業が中心であるわけはなく、中小企業が重要であり、したがって、産業集積は計画的に造られたというより自生的に形成される。この点は19世紀の末から20世紀の前半に盛んであった都市計画と決定的に異なる点である。
 シリコンバレーの産業集積形成過程をみても、しばしば、その発展は偶然の出来事に依存している。スタンフォード大学を企業家の苗床にするきっかけをつくった F・ターマンが病気をしなければ、スタンフォードにとどまらなかったかもしれないし、大不況がなければ、ヒューレットもパッカードも西海岸に戻ってこなかったかもしれない。また、半導体の発明者・ショックレーが優れた上司でもあったら、フェアチャイルドは生まれず、インテルもなかったかもしれないのである。計画的ではなく自生的なのである。
 しかし、産業活動の核ができ、人材供給の核と結びつくと磁場の力が働き始める。産業集積の成長には成長テンポが加速する転換点がある。人材が集まり、起業が活発に行われる。起業が活発に行われるということはニッチ(適切な)市場を開拓し、time-to-market を短縮する迅速さを競う激しい競争が展開するということである。競争を通して狭い地域に高密度の社会的分業が展開するが、分業単位は比較的小さい企業であるか、大企業の事業部である。サンなどはきわめて分権的な企業組織になっている。
 つまり、分業単位の自律性が強く、コア・コンピタンスを保持しているが、他方で周辺情報をオープンにして他の企業、個人との協調を積極的に模索する。企業、人材が競争と協調で切り結ぶ中から新たな事業の芽が生まれ、企画された事業の洗練の契機がある。これを清成忠男・橋本寿朗編『日本型産業集積の未来像』では接触の利益といったが、接触の場はスポーツクラブであることもあれば、ノミ(飲み)ニケーションなどであることもある。
 分業が発展すればするほど、専門性の強い確かなコア・コンピタンスをもった人材、スタートアップ企業はその産業集積に加わることで、自らは保有できない補完的な機能を集積内で外部調達できる。それはエンジェルと呼ばれる投資家、ベンチャーキャピタル、会計士、弁護士、各種のコンサルタントに広がる。スタートアップ・コストが小さくなり、アーリーステージにある企業の障害を少なくする。産業集積の持つ外部経済効果である。磁場の力が自律的に強められていくのである。分業単位間にネットワーキングが展開するが、ネットの結び目は企業家精神に支えられ、共通のコトバなどがネットを強くする。この共有されたものを受け入れ、活用することが、企業、人材が産業集積の外部経済効果を内部化するためのアクセスの方策になる。
 こうした産業集積成長のメカニズムは、1970〜80年代における大田区、諏訪、坂城などの産業集積にも見出せる。しかし、産業集積はその地域の要素賦存条件と不適合になったり、デジタル革命の進展という産業発展の方向とコア・コンピタンスがズレると衰退の過程がはじまる。シリコンバレーの下位に位置するリンケージを形成して成長する新竹と不振で集積を縮小させている日本の産地のケースはきわめて対照的であるが、デジタル革命の時代にはシリコンバレーとのリンケージが重要なのである。



幕張の発展への示唆


 これまで述べてきたような世紀末の産業発展のパラダイム転換と産業集積の諸機能は、幕張の地域振興にどのようなインプリケーションをも持っているのであろうか。
 幕張の現状はどうか。既存の幕張開発構想は旧型の計画的都市開発のタイプである。大学等の文教地区、住宅地区、日本コンベンションセンターを中心とするオフィス街、ホテル・商業施設等のタウンセンター地区と整然と区画され、相互の関連は薄く、住宅地区が東京のベッドタウンであるように、それぞれが独自に他の地域と結びつく形になっており、地域に人材、企業を吸引する磁場は形成されていないように見受けられる。図1(このページの最後に表示)に見るとおりである。図式化してみると、地域内ネットワークと接触の場の不在、東京とのリンケージが浮かび上がる。
 他方、幕張へのアクセスを考えると、成田空港・高速道路、港湾・高速道路は比較的良好であるが、高速通信回線は敷設されていない。この点でも旧型の都市計画とみることができる。図1でリンケージを示す線を弱さを示す点線で描いたのは、このアクセスの条件のためである。しかし、図1はコンベンションセンターが核になりうることも示している。ただ、東京との間で双方向の点線にしてあるのは、イベント企画、運営は東京の企業に依存している点を考慮したためである。
 さて、この旧型の計画都市を21世紀を展望して活性化させるとすれば、何が必要なのであろうか。そのための一つの発想は、産業集積の機能から既存の都市ストックを見直すことであろう。図2(このページの最後に表示)はそれを示している。機能はおおまかに人材育成・供給、コンサルティング、ビジネス・インキュベーション、接触の場、展示機能、産業情報集約・発信に分けた。コアの一つとなりうる、太線で囲んだ既存機能は展示機能であるが、それらの深化が必要なことを南向きの二重矢印で示した。また、細線で囲んだ不在の機能を創造する必要を北向きの二重矢印で示した。国内外とのリンケージを多様化させ、強い関連に変える必要もある。
 そして、諸機能を楕円の内に入れたのはそれらの相互作用を追求すべきことを示すためである。一般的にはこの図の仕組みの好ましさは容易にわかるが、実際にはなかなか実現しないのは、産業集積を人為的に作り出すことの難しさにある。
 多くの産業集積機能は、既述のように集積が成長すれば派生的に生みだされるから、出発点では限られた政策資源、人材は戦略的に活用されなければならない。政策資源は通信システムに投じられるべきであり、それを踏まえて、動き始めている「インフォメーション・プラットフォーム」による情報交換、発信機能が活用されるべきであろう。「プラットフォーム」は地域内の情報交換:共通のコトバの創造の場であり、国際的、国内的なリンケージの「導管」になる可能性がある。しかし、情報発信機能を高めるうえでは、そのシステム設計の工夫もさることながら、発信すべきコンテンツが無ければならない。さしあたりは欧米と比較しての展示面積の狭さ、運営ノウハウ蓄積の不十分さという制約はあるものの、コンベンションセンターをフランクフルトなどと結んでアジアの中心的なメッセにすることであろう。完成耐久財型ではなく、取引誘発型の魅力的なメッセが展開されれば、バイヤーが集まり、ビジネス・シーズが産み落とされる。
 また、欠けているビジネス・インキュベーション機能を付加することも大切であろう。幕張に行けば起業が楽に行えるということになれば、産業集積そのものがインキュベーション機能を持つことになるが、まずはキックオフ効果をもった仕掛け(インキュベーター)が必要であろう。インキュベーターはオープン型にして「インフォメーション・プラットフォーム」内のコンサルティング機能と結び、さらにコンサルティング機能を特定分野に専門化させ、他の分野は他地域からのアウト・ソーシングで補うことも考慮すべきであろう。
 既存ストックであるコンベンションセンターとインキュベーターが核になり、「インフォメーション・プラットフォーム」が導管であり、接触の場であるようになれば、自律的な発展を展望することもできるが、幕張を象徴する「顔」も求められる。「顔」は人でもよいし、企業、機能でもよいが、広く関心を吸引し、幕張の魅力を容易にイメージできるものである必要があるだろう。



図1■現在の幕張
図1現在の幕張
図2■産業集積への転換
図2 産業集積への転換


はしもと・じゅろう●経済学者、東京大学社会科学研究所教授
1946年生まれ。電気通信大学助教授、法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所助教授を経て、現職。専門は日本経済論、現代日本経済史。日本型企業システムや経営へと視野を広げて、高度経済成長や大恐慌と日本経済との関係を説く議論を幅広く展開している。著書に『日本型産業集積の未来像―「城下町型」から「オープン・コミュニティー型」へ』(清成忠男氏との共編著)、『日本企業システムの戦後史』『大恐慌期の日本資本主義』『日本経済論―20世紀システムと日本経済』『戦後の日本経済』他。

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