電脳都市の歓楽
―あるいは盛り場の未来像について (1)
橋爪紳也
電脳都市の範としての盛り場
盛り場が、ある面で都市の電脳化を先導したと考えて良い。
第一に、その景観である。ニュースをすばやく報じる電光板。商品のCMを流し続ける巨大モニターなど。盛り場に見受けられる、サインの断片から構成される景色こそ、近未来の情報環境を先取りするものだ。
第二には、電脳装置と接触する機会である。ゲームセンターには、常に最新テクノロジーを応用した遊戯機械、家庭やオフィスでの利用をみこしたシミュレーターの類がセットアップされている。今日の非日常が明日の日常となり、現在の遊戯が未来の生活となる。
第三には、人々のライフスタイルである。若者たちは携帯電話、ポケベル、携帯ゲームといったコンパクトなコミュニケーションツールを、いくつも鞄やポケットに詰めこんで、歓楽の巷を浮遊している。机に鎮座するパソコンを拠りどころとする重装備の情報化ではない。みずからを移動する端末に擬した、実に軽やかな「電脳都市」のモデルを示すものである。
工業化社会において、盛り場は、群集を群集たらしめる、消費への欲望を喚起する場として機能していた。二十一世紀にあきらかとなる新世代の都市においても、従来とは異なる型の欲望を呼びおこす「都市の中の都市」、すなわち進化した盛り場が誕生するにちがいない。
新しいコミュニケーションの受け皿
ではどのような盛り場が今後、都市に出現するのか。そのイメージは、コミュニケーションの変容をどう読みとるかでおのずと定位されるだろう。
近年、メディア文化論の領域で「インティメイト・ストレンジャー」、すなわち「親しき他人」という人間関係のありようが注目されている。「ポケ友」に代表されるように、しばしば簡単な連絡をとりあうが、いったいいかなる人物かを深く識らない「広く浅い関係」を保つ友人のことをいう。
連絡方法は、ポケベルや携帯電話、PHSを利用する。そのやりとりは双方向に見えて、実は一方的だ。留守電やメッセージ機能を使い、自分の都合の良い時間にだけアクセスが可能となる。いつでも関係性を自身で切断できる、一種の「選択縁」である。
あるいは「趣味」にもとづくネットワークも注目されている。従来のように職場の同僚や学校の同世代の友人と遊ぶのではなく、性別や年齢にこだわらず、同じ趣味を持つ知人との関係性を重視する人が増えている。この種のコミュニケーション、いわば「趣味縁」も、その本質は「選択縁」であるとみて良い。
盛り場が将来担うべき機能のひとつに、時代が要請する新しい縁、すなわち新しいコミュニケーションの受け皿という面があると思う。おそらくは従来のように、仕事における対人関係をやわらかく解きほぐすために遊ぶだけではない。あるいは友人や家族とともに楽しむ、という役割に限るものでもないだろう。次代の盛り場が、「選択縁」にもとづいて人間関係を再編成する場となることは、必然だと思う。
実際、プリクラやカラオケボックスといったコミュニケーションに着目した機器、テレクラやアニメファンにこだわった店舗など、「選択縁」に基づく営業形態に萌芽を見てとることはたやすい。
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