CONTENTSへ幕張アーバニストTopへ幕張新都心Indexへ


情報都市のパラドクス

―国家を超えた「都市」の時代へ (1)
多木浩二●評論家


情報が「都市の世界化」を進展させる

 都市について考えるとは、まずそれがどのように複雑で多様な力に貫かれているか、その結果、どのように都市概念を変化させるかを理解することである。そのとき輻輳して解きがたい条件の絡み合いに直面するだろう。デジタル化した情報環境もこの複雑な条件のひとつにすぎない。コンピュータの異様な進歩を取り上げ、インターネットがどう発展するかを論議することは、コンピュータあるいはマルチメディアの専門家であれば難しいことではない。しかし都市の変貌は、デジタルな環境だけで説明できるほど単純ではない。

 たしかにわれわれは、すでに距離感なしに遠隔通信のネットワークに組み込まれていることを否定できない。かつて都市を定義してきた共同体的な要素が変質してしまったことも間違いない。かりに都市が人間を共同体化するものだと定義しても、その共同性はもはや身体を中心とした近隣関係だけではない。地理的にどこにいるか分からない相手との繋がりの方が身体的な近接以上に親密であっても当然なのだ。情報交換だけから見ると、実体的な都市はネットワークのなかに消滅したように見える。しかしむしろこの情報は都市を世界化しているのであり、もはや国家の枠は都市にとっては次第に意義を失いつつあると言っても差し支えない。情報だけではない。

 人間の移動もいまや国境を超えてひろがる。そのときわれわれは都市を考える政治学をもつことになるのだ。かつての植民都市にたいするポスト・コロニアリズムのほかに、国家の枠を超えるポスト・ナショナリズムという批判的視点をもつようになってきた。われわれはいまや都市概念の脱構築を迫られているのだ。世界の政治的構造的な変化と無縁でいられなくなった。やがて都市はおそらく国家よりも大きな単位として存在することになるだろう。


国家を超える「都市」のネットワーク

 都市の定義を変えないで、その未来を予測することはもはやできなくなった。ここまで複雑化し多元化すると、なんらかの開発、改造計画がうまく実施され、理想的な都市ができあがるということは考えられないのである。そもそも理想的な都市という考え方自体がすでに失効している。現代都市とは矛盾を内包し、危険な摩擦を孕み、ときには瓦解することがあっても不思議のない世界である。都市を押し進める力が都市を崩壊させる。これからの都市に対する行政のシステムも根本的に変わるだろう。都市の行政とはなにかが問われることになる。その介入も、矛盾を調停し、妥協点を見い出すこと以上ではない。このような考え方は決してペシミズムではないし、諦めでもない。むしろ都市とは、このようなパラドクスの連鎖として成立していることを受け入れるべきであり、それに応ずるコントロールのシステムを整えるべきであろう。

 いささか陳腐な表現になるが、これまで「都市的なもの」は人びとの密集から生まれる華やいだ文化領域とされ、農村という外部をもっていた。われわれはもはやそのような内部/外部の対立より、この対立の消滅を感じつつある。だがいまや都市の緊密な纏まりがほどけてしまったのだ。それどころか都市と都市の間の境界もなくなる傾向にある。いくつかの都市が連合し、都市群を形成し、それが地表全体を覆うことが現に生じている。このような都市連合はすでに国家を超えた存在である。

次のページへ
CONTENTSへ幕張アーバニストTopへ幕張新都心Indexへ