その後も、未開社会、発展途上国で何度となく熱い好意を受けた。北極圏のトナカイ遊牧民チュクチのテントで、シベリアのタイガ(森林)に住むユカギール族(オドゥ)の丸太小屋で、アルメニアの戦争の村で、地中海に面するリビアの砂漠で。
例えば1989年、リビアで「カダフィ賞」の会議(この時は、まだ獄中にあったネルソン・マンデラを選んだ)に招かれたとき、会議の進行ルーズであったが、もてなしは手厚いものだった。
すばらしい絨毯を敷きつめたテントに招かれ、足を伸ばして横になり、子羊の丸焼きなどのご馳走が、毎日、毎食用意されていた。アラブの遊牧民は、見知らぬ人が来ると客として迎え、三日間は、何不自由ないように尽くした。最初に客と共に食べた食物が、体内にとどまる時間は三日と考えられたからである。堀内勝教授によると(『イスラム事典』、平凡社)、アラブの詩では人柄の良さを歌う場合、「もてなし」が主題とされるという。かまどの大きさ、灰の多さ、テントの前で焚くもてなしの火がたたえられる。また、客は迎えてくれた人の好意に最大限報い、適量を食べたのち礼を言い、席を立つのが礼儀となっているという。残りのご馳走は、家族や近隣にまわされるのである。
もてなしは男の徳とされ、盛大なもてなしを行った男の名が知れわたる。それは、アラブのみならず、多くの文化に共通している。
とりわけ北アメリカ北西沿岸のインディアン諸族にみられるポトラッチ(儀礼的蕩尽)は、よく知られている。相互に近隣の村人を招きあい、大量の財を贈り、さらに貴重な財(毛皮、カヌー、毛布など)を客の目の前で蕩尽する競争が繰り返される。父系制社会での男の生きがい、男の人生の目標とは、多くの人の面倒をみること、後生に言い伝えられるような贅沢な宴会を開くことぐらいであろう。現代の日本においても、いまだに多くの贈与ができること、ご馳走の強要ができることを、自己評価の基準にしている年配の男性は少なくない。ポトラッチは遠い昔のことではない。
貧しくとも虚勢をはり、その家の財力を越えて盛大な宴会も開く傾向は、中国文化で著しい。そこでは、食べきれない皿が何皿用意されたかが、自己顕示の主題となる。酒の強要も、食の強要と一緒に行われる。普段の生活を他人に見せず、豪華なもてなしを当然とする中国人の風習は、革命後も変わっていない。中国共産党は宴会が好きであり、それは台湾、香港の人々と違いはない。中国文化圏にあった日本のもてなしも同じ傾向を持っている。