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特集■歓待する都市

文化相対主義でみる――
世界のホスピタリティ文化(1)


野田正彰■Masaaki Noda

誇り高さ、贅沢さ、心地よさ。あるいは、押し付けがましさ。
世界各国各地で、また時代時代で、ホスピタリティは
さまざまな形をとってあらわれる。
そこには先進国、未開地を問うような文化優劣は一切存在しない。


「もてなし」と「敵意」
ホスピタリティ語源論


 「もてなす」という関係は、「外から入ってくる者」と「その地に住んでいて迎える者」の両者が存在して成立する。迎える者はいつも入ってくる者に対して好意的であろうか。

 日本の民俗学の指導者であった岡正雄(1898〜1982年)は、1928年に「異人その他―古代経済史研究序説草案の控え―」という興味深い論文(「民族」三巻六号)を書いている。この論文で、異人がやってきたとき、原始人はいかなる態度をとるのだろうか?必然的に闘争関係に入ると言えるのか?あるいは、純粋な好意的態度をとると考えていいものか?と、問うている。

 いずれもにわかに承認し難いとして、彼は、「この事は、客人款待を意味する hospitality という語が、敵意を表す hostility と共に、外人、敵人、客人、主人等を全体的に意味した host という語に、語源を有するのを見ても暗示される」と続けている。始源的には「外の者」を意味する言葉から、敵人と客人の二つの意味が派生したのである。つまり、印欧語は、外から入ってくる者に対する態度に、まったく逆の二つの態度があったことを、語源的に伝えている。

 「もてなし」と「敵意」は意外と近い構えである。それは、見知らぬ人に会ったとき、私たちが抱くアンビバレント(両極的)な感情から来ている。かつての日本人は、渡来した西洋人を恐れ、野蛮な者とみなす一方、せいぜい笑みを作り、できる限りの饗応をしたのであった。排斥に出るか、歓迎に出るか、それは微妙な一瞬の選択である。また、しばしばもてなしの内に敵意が隠され、敵意の内に相手への畏怖が秘められている。



誇り高き歓迎
パプア・ニューギニア高地にて


 私はさまざまな異郷を旅してきた。言葉も通じない異郷のほとんどで、まれびと歓待を受けてきた。全体主義、共産主義圏の村で公安の眼を恐れて村人に拒絶されたこと、中国の農村で過去の侵略戦争の敵意を投げかけられたことなど、特別な事情による例外はあったが、多くは快く受け入れられてきた。

 とりわけ、初めて未開社会に入ったときの誇り高い歓待を忘れられない。1980年、パプア・ニューギニア高地を巡って精神的葛藤をもつ人々を面接して歩いた。

 それまで私は、インド、エジプトなどのかつて植民地化された地域や、商品経済にふりまわされているタイのような国を旅し、彼らの歴史を知っていても、執拗にもの乞いされるのにうんざりしていた。そんな地域の都心や観光地では、旅人を騙し、カネやものをかすめ取ることを生活の糧としている人々が少なくない。しかし、黒光りする裸体に草の前掛けを付けたパプア・ニューギニアの人々には、いかなる卑屈さも感じられなかった。

 草が茂る山道を歩いて集落に入っていくと、村人が数人現れる。そのなかの一人、中年の男が胸をはって手を差し出す。握手。「お前が必要なことはすべて、俺が面倒をみてやる」と彼は豪然と答える。

 私もまた文化相対主義(文化に進化や優劣を認めない)に立って研究してきた。それでもなお心の片隅に、文明国から石器時代の集落に来たという優越感を持っていたのであろう。東南アジア、インド、中近東などの人々より、ニューギニア高地人ははるかに誇り高い。それは驚きだった。彼らは私の手を力強く握りしめ、眼を真直ぐに見つめながら、「お前を歓迎する」と言っていた。

 その時私は、植民地化される以前の人々は、こちらが一人か数人の弱者であるかぎり、誇りをもってまれびと歓待を行ってきたことを、握られた腕一杯に感じ取っていた。


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