特集■歓待する都市
旅人と都市が出会う時。(1)
小松和彦■kazuhiko Komatsu
笑顔での挨拶、庭先に咲く四季折々の花々…
見返りを求めない「小さな贈与」の場が、
街のあちこちに散りばめられている――。
歓ばしい都市の歓待方法とは、そういうものではないだろうか。
「手打ち」にされるか、はたまた 「半殺し」にされるのか…、
旅先での不安は尽きません。
外国からやってくる人たちにとって、あるいは地方からやってくる人たちにとって、歓ばしい都市とはどんな都市なのでしょうか。わたしにも明確な答があるわけではありません。ここでは、遠回しのかたちでこのテーマに迫ってみたいと思います。
日本の昔話にこんな笑話があります。旅人が、とある一軒家に宿を求めたところ、快く泊めてくれる。夜中に、家の者がひそひそ「半殺しにしようか、手打ちにしようか」と話している。とんでもない家に泊まってしまったと思った旅人は、大慌てで逃げ出した。別の家に宿を求めた旅人が、その話をすると、それは旅人の聞き違いで、半殺しとは牡丹餅、手打ちとはそば切りのことで、旅人のためにどちらを作ってあげようかを相談していたのだろうと教えてくれる、という話です。
住み慣れた居住・生活空間を離れて遠く異国を旅するとき、旅人にとってもっとも心配の種は、身の安全をどのように確保するかでしょう。訪問する場所で、旅人は盗難や強盗にあうことを、そしてひょっとしたら自分が脅迫され殺されるかもしれないという最悪の事態を想像して、身震いしてしまいます。
こうした幻想に取り憑かれると、旅の先々で出会うすべての人々が、悪意を抱いた人にみえてきます。言葉が通じないような異国においては、もの珍しげに見つめるちょっとした眼差しや身ぶり、さらには歓迎のもてなしさえも、悪意・敵意にみえてしまうことがあるのです。この昔話は、そんな旅人の不安をじつによく物語っているといっていいでしょう。
わたしも似たような体験をもっています。もう十数年前になりますが、外国人観光客に極めて評判の悪いミクロネシアのトラック島を人類学の仕事のために初めて訪問したときのこと、まったく知り合いのいないトラック本島での数週間に及ぶホテル暮らしは、恐怖と背中合わせでした。というのは、ホテル近くの道を歩いていると、酔っ払った筋骨たくましい若者たちが、タバコをくれとか、ウィスキーを分けてくれとか、女が欲しくないかとか、金を貸してほしいといって言い寄ってきたからです。なかには真夜中に、周囲に気づかれぬようにロッジ式のホテルの部屋のドアを叩いて、アルコール類を求める者さえいました。
その当時のトラック島は、トラック・マフィアの異名をもった離島出身者のグループが暴力団化して、殺傷事件が頻発していました。このため、屈強な身体を持った男は、みんなその暴力団の一員に思えてしまったのです。やがて、友人がたくさんでき、トラック語も多少わかってくると、到着したばかりのころの過剰に身構えていた自分が滑稽に思えることになるのですが、そのときのわたしは自らの異人性に深刻に苦しんでいたことも確かなのです。
よそ者を迎える側の人たちは、異国でのよそ者の心境がこのようなものだという点を十分理解しておく必要があるでしょう。
「挨拶の交換」は、旅人にとって
もっとも原初的で、もっとも ありがたいもてなしです。
このようなとき、もっとも安心するのは、通りすがりの人たちの笑顔であり、知り合いであるというわけでもないのにトラック語や英語、ときには日本語で、「おはよう」とか「こんにちわ」と挨拶の言葉をかけてくれることでした。
挨拶は、不安をもっている人に、自分が敵意を抱いていないこと、ちょっとした手助けはしてあげられることの意思の表明なのです。見ず知らずの者が、何度か挨拶を交わしあうことを通じて、やがて会話を交わしあうようになり、そこから親密な友人関係が築かれることにもなります。その意味では、挨拶は旅人にとって、もっとも原初的でもっともありがたい「もてなし」といっていいのではないでしょうか。
しばしば指摘されるのですが、外国に旅行すると、ホテルや道端で通りすがりの人によく挨拶を受けます。ホテルの同宿者同士ならば当然のように朝夕の挨拶を交わします。それが旅人同士の習慣、無視すべき赤の他人ではなく、互いにその存在を認めあっていることのサインなのです。ところが、海外旅行慣れしているはずなのに、日本からの旅行者はこうした挨拶がなかなか自分からは出てきません。日本でこうした見ず知らずの人に挨拶を交わす習慣がないからです。
通勤電車で毎日顔を合わせながらも挨拶さえ交わさないのですから、見知らぬ外国人にホテルで挨拶を交わされると、自分はすっかり忘れているがどこかで知り合った人か、さもなければ何か下心があって接近しようとしているのではないか、と疑ってしまうのではないでしょうか。要するに、旅人への作法、旅人であることの作法がいかなるものかが、まだまだ日本人には欠落しているのです。逆にいえば、日本にさまざまな目的で訪問してくる外国人に対して、ホテルで、街角で、さりげなく挨拶を投げかけることができるようになることが、国際的な都市の住民たる要件だということになるでしょう。
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