特集■歓待する都市
ウィラ・キャザーの描く都市
―開拓者たちの永遠の故郷(1)
鈴木博之■Hiroyuki Suzuki
二十世紀初頭、町が都市へと変貌を遂げゆくアメリカ。
町は、新しい夢へ飛翔する者を送り出す都市へと成熟し、
コスモポリタン=出郷者たちを迎え入れる都市へと
生まれ変わる。そんなアメリカを描いた
女性初のピュリッツァー賞受賞作家、
ウィラ・キャザーの見た「都市」とは
■ネブラスカへの唐突な回想。
発端は自己紹介だった。中国の湖南大学で国際シンポジウムがあり、その前夜の歓迎会のことである。型通りに出席者が何処から来たかを述べたのだったが、アメリカの学者はネブラスカ大学の教授だと名乗った。その途端、思わず「それではウィラ・キャザーの町から来られたのですね」と口走ってしまった。私はアメリカの女流作家ウィラ・キャザーにここ数年凝っていて、大体の小説を読んだところだったからである。唐突なコメントだと自分でも思ったので、「あの、女性ではじめてピュリッツァー賞を受けたという小説家である彼女は、ネブラスカを舞台にした小説を多く書いていますよね」とつけ加えたのだった。
教授は一瞬怪訝な顔をしていたが、「ああ、ウィラ・キャザーね。彼女はネブラスカを有名にした人だ」と答えた。けれども彼はそれ以上のコメントを下すこともなく、中国の学者がネブラスカ大学を訪問したときの話が出たきりで、話題はつぎに移っていったのだった。どうもこの教授はキャザーを読んでいなかったらしい。けれどそれ以後、宴席での会話半分、ウィラ・キャザーの小説の回想半分という精神状態になってしまったのである。キャザーの小説は、それくらい印象的なのだ。
ウィラ・キャザーは一八七三年にヴァージニア州に生まれたが、九歳のとき家族とともにネブラスカ州のレッド・クラウドという村に移りすむ。そこは、新大陸を目指してやってきたスウェーデン、ボヘミア、ドイツからの移民たちが土地を開拓している地域だった。そこに繰り広げられる人生が、彼女の小説の舞台であり、主題であった。キャザーはネブラスカ大学を卒業し、ジャーナリストとして働いたのち、小説家となったのである。一九四七年に彼女はニューヨークで亡くなったが、彼女が精神的に生きたのは、アメリカ中西部でありつづけた。
■開拓される〈土地〉、失われゆく〈場所〉。
ウィラ・キャザーは、土地を描く名手だったと思う。彼女の小説の真の主人公は、いつも場所なのではないかと思われるほどだ。代表作といわれる『おお、パイオニア』は、ネブラスカの土地を開拓していく姉と弟たちの物語であるし、『わが生涯の敵』という小説も、故郷というものをテーマにしたと思われる小説である。
この物語は、父親の財産を捨てて都会の青年と駆け落ちした娘が、生涯に亘って夫から小さな裏切りを受けつづけ、二人とも没落しながら、遂に田舎町の小さな宿で生涯を終えるというものである。町一番のお屋敷であった彼女の生家は、彼女が出奔したあと、相続人を失って修道院に寄付されている。そこに駆け込めば生活の保証は受けられるように遺言されていたのだが、それは彼女の選ぶところではなかった。彼女は小さなうらぶれた宿から、最後に美しい夕陽の見える場所に行き、そこで死ぬ。
この悲しい物語は、人の裏切りの心理劇であるよりは、故郷を捨てた人間の孤独の物語に思われてならない。正しくは、故郷を捨てたのではなく、場所を失った女性の物語なのである。
同じように『ロスト・レディ』という小説の主人公も、『教授の家』という小説の主人公も、自分と場所の関係に違和感を感じたときに自らの不幸を自覚する。彼女の小説には、静かに没落していく場所のイメージが漂っているように思われてならない。
アメリカ中西部を描いた小説であると同時に、それは場所そのものの崩壊の感覚に満ちている。おそらくはその崩壊感覚が、あらゆる場所がしだいに非個性的なスペースと化してしまう近代化というもののもたらす、場所の不可避の運命なのだ。彼女の描く二十世紀初頭のアメリカは、まさに中西部が近代化していく時期にあたっていた。
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