■幕張新都心を歩く
桐山秀樹■ノンフィクション作家
7年という時間が幕張に流れた。幕張に住まう人々も現れた今、何かがこの街に生まれようとしている。
人の息吹を感じさせる都市の使いこなし、「幕張らしさ」と幕張ならではの楽しみ、有機的に広がっていく人と人のつながり……。
成熟に向けて動き始めた「新しい」幕張を歩いてみた。
東京の否定から「幕張」は始まる
訪れる度に感じることだが、幕張とは実に不思議な街である。
何よりここは都市機能が高度に集中した全国でも有数の大都会だ。駅を中心に数多くの超高層ビルが、競い合って林立する風景は、東京・西新宿、大阪・梅田、そしてこの幕張ぐらいのものである。
むろん人口的に大きな都市は沢山ある。だが、これほど狭い地域に摩天楼が集中する街となると、日本ではそう多くないだろう。
そしてすべてが人工的に設計されている。その評価は別にして、一定の開発プランのもとに整然と開発された人工都市というのも、これまた珍しいのである。
また、ここは過去の「歴史」を一切持たず、伝統に制約されない、自由で新しい都市としての魅力もある。
さらに街の規模の割には中心部に大型ホテルが6軒もあり、多目的に利用できるスタジアムや日本有数の国際展示場も揃っている。
つまり、日本の他の大都市が欲しがっているものをほとんど揃えて誕生した、非常に恵まれた「都市」なのである。
しかしどういうわけか、その良さを積極的に肯定する声は少ない。曰く、超高層ビルばかりで潤いがない。人工的で面白味がない。あるいはあんなに東京から遠くては、とその位置の不便さを嘆く声も少なくない。
だが車なら湾岸道路を利用すれば、現在私の住んでいる世田谷からでも一時間で行けるし、遠いと言われる成田空港へも30分程度。札幌や福岡に住む方々が遠いというのは分かるが、日本列島の北と南の大都市に比べればずっと東京に近く、しかもある程度の独立性も確保できる場所に位置しているのだ。
人工都市・幕張について否定論を唱えている人は、たぶんその対極にある東京や大阪のような、際限なく拡がったアジア的な巨大都市を念頭に置いているだろう。しかし、そこでの都市生活が本当に住みやすいかといえば、既にご存知の通りである。
そうした現状にありながら、東京的な都市像を何故、幕張に求めるのだろう。ここを東京のような街にするなら、新しく人工都市を創る必要はない。東京と異なる「価値観」で街づくりをしてこそ、初めて〈新都心〉としての幕張の存在理由があるのではないか。
日本では有数の高度な都市基盤を持ちながら、幕張にこれまでなかったものがひとつある。それはこの都会的なインフラを使いこなす、東京とは違った〈個性的な都会生活〉だ。
そして、この海辺の人工都市、幕張に様々な人々を集める〈魅力あるホスピタリティ〉である。
「バブル経済の申し子」とも揶揄されるこの街を久し振りに歩いてみると、優れた都市集積が生み出す、個性的な都会生活が少しずつ「芽」を出し始めていることを実感する。
その具体例を挙げながら、〈幕張〉という新しい可能性を考えてみたい。
海に近い、空に近い〈ホテル・シティ〉
幕張は、大小6軒の都市ホテルが林立する首都圏有数のホテル・シティである。ここでもまた“新しい芽”が育ちつつある。
年間利用客約650万人を集めるコンベンション施設「幕張メッセ」の入場客を収容するコンベンション・ホテルとしての役割に安住せず、東京ディズニーランドやららぽーと、スキードーム・ザウスなどのアミューズメント施設利用と組み合わせたサバーバン(近郊型)ホテル、あるいは東京湾を間近に眺めるシーサイド・リゾート・ホテルへと脱皮しつつあるのだ。
幕張進出企業31社からなる「幕張新都心まちづくり協議会」会長で、幕張に最も早く進出したホテルのひとつ、幕張プリンスホテルの石川正徳総支配人は「各ホテル単独ではなく、幕張の六ホテルが共同して様々なイベントやユニークな企画を行い、相乗効果で集客していくべき」とホテル・シティとしての地域ぐるみの魅力づくりの必要性を強調する。「私は幕張は〈空が近い、海が近い、21世紀が近い〉場所だと言っているんです。幕張メッセで行われる様々なコンベンションで未来の情報を学び、東京都内に比べて海や空もきれいな新都心で、落ちついたリゾート・ライフを送る。そのために安くて使いやすい宿泊パックも設けて、都心からのみならず、ディズニーランド利用の方や、修学旅行生にも気軽に宿泊できるホテル・シティを目指しています。既にその手応えも次第に出てきているんですよ」
幕張プリンスホテルではまた、地元町内会の協力を得て、宴会場を利用した〈盆踊り大会〉や、65歳以上の客を半額にする〈敬老ウィーク〉など、地域に密着した親しまれるアーバン・ホテル創りを目指している。
隣接するホテルニューオータニ幕張でも、「インドア、アウトドア2面ずつのテニスコート、屋内外のプール、35ヤード打ちっ放しの屋内ドライビングレンジやバンカーショット練習場を持つ、東洋一の規模を誇るスポーツ&リラクゼーション施設を売り物に、リゾートホテルとしての魅力をさらに売り出し、メッセ直結のホテルとの〈二足のワラジ〉を履くつもりです。特に女性客に人気のエステや都心から距離のあることを利用した減量宿泊プランなどに力を入れていこうと思っています」(総支配人室・中山晴史マネージャー)とホテル・シティとしての幕張の魅力づくりを進めていく方針だ。
同ホテルには専用クルーザーを貸切って東京湾をクルーズする宿泊プランもある。浜辺でのサイクリングや、美しい夕景を強調した東京のホテルにはない、本物のリゾート・ライフを演出すれば、ホテル・シティとしての幕張にはまだまだ可能性があるように思われる。
〈企業城下町〉を超えて、新たな業務集積都市へ
朝9時。幕張新都心北側にあるシャープ東京支社のエントランス・ロビーで、ティー・ラウンジを思わせる椅子に腰かけて待ち合わせをしていると、アメリカのどこかの街に海外出張しているような思いにかられた。
ロビーにこぼれる明るい陽光と、鮮やかな植栽のグリーン、そして東京にはない抜けるような青空にそびえ立つ周囲の超高層ビル群。
やはり幕張の風景は、どこか〈日本離れ〉していて気持ちがよい。
そして何より、街を過ぎ去る時間が都市基盤の整備の割には、東京の都心より1〜2時間ゆったりと過ぎる。これもまた、幕張の面白さだ。「お待たせしました。よく、おいで下さいましたね」と人なつっこい関西弁で迎えてくれたのが、シャープ東京支社総務部の日下部徹男さん。温かな関西弁と超高層ビルの組み合わせがユニークだが、考えてみればシャープは現在も大阪市阿倍野に本社を持つ、エレクトロニクスメーカー。その広報担当者である日下部さんが関西弁なのは、むしろ当然のことなのだ。
整然とした人工都市には、やはりこうした人間臭さが好ましい。新都心だからこそ、東京中心ではなく、地方からの企業ももっと進出し、様々な言葉や文化が混ざり合えば、この幕張という街もさらに面白くなることだろう。
シャープ東京支社には、地域社会への貢献と情報受発信の場を目指した「ハイテクノロジーホール」や「液晶ハイビジョンシアター」そして国際会議も可能な専用ロビー付の「多目的ホール」がある。
いずれも無料。本社ビルなのに誰でも気軽に利用できる〈開かれた施設〉である。「シャープの創業の地は、東京・本所。関東大震災を機に大阪に移って再出発しました。ですから大阪本社を動かす気はない。ところが現在は70〜80%の情報が東京で流れていますから、海外に生産拠点を持つ我が社としても、情報の受発信基地を作る必要があり、マルチメディアの開発本部と共に、東京支社をこの幕張に持ってきたわけです」
その幕張本社の目玉として開設した「ハイテクノロジーホール」は、開館3年半で既に入館者が16万人を突破した。私も実際に体験してみたが、単なるショールームの域を越えシャープの誇る液晶技術を応用した「アミューズメントパーク」になっているのが面白い。
国際会議も開ける大規模な多目的ホールは主に社内の研修や会議に利用されるが、空いている時は一般の講演会等に無料で貸し出しているというから、こうした試みは東京ではとても出来ぬ「幕張」の魅力である。「企業の地域貢献というと、これまで各地の〈企業城下町〉と呼ばれる所で、単独に行われるケースが多かった。しかし、この幕張では様々な企業が進出し、各々、シアターや美術館、ショールームを開いている。それらを有効的に利用することで、日本の企業も新しい街作りに積極的に参加できないかと思っているんです」と日下部さんは言う。
しかし、現実的にはまだ各企業間の壁は高く、〈タコツボ的〉に社内施設を一般開放しているだけである。
そんな現状を打破しようと、前述の「幕張新都心まちづくり協議会」も事務局のひとつとなって、今年10月に行ったのが「エコメッセちば1996」。これは幕張新都心内を会場に、環境問題を考える様々なイベントを行うもので、日下部さんの所属するシャープも、ソーラーカーラリーや、ソーラーカー工作教室、地球環境映像祭などの行事を共催・後援して、これに参加した。
こうした特別なイベントのみならず、日常的にも企業間の枠を越えて、各社の社会施設を定期的に巡回する観光振興も兼ねた共同バスを走らせることは出来ぬものだろうか。
幕張と同じコンベンション・シティであるアメリカのシカゴも、60階、70階建ての超高層ビルが建ち並ぶ〈摩天楼都市〉だが市の観光局が中心となって、白馬で都心部を回る優雅な観光馬車を走らせ、人気を集めている。人工的な街だからこそ、そうした懐かしい交通機関との組み合わせが生きるのだ。
そんなわずかな工夫からでも、話題が生まれ街に人が集まってくる。イベントもいいが、幕張にはより恒常的に街を周遊できるちょっとシャレた仕組みが欲しい。
もうひとつ幕張には、面白いビジネス施設がある。それはJR海浜幕張駅前に建つ35階建てのツインタワー「ワールドビジネスガーデン」内にあるJBC(ジャパン・ビジネス・センター)である。ここは国内外のベンチャー企業のための貸しオフィス。マリブイーストの14階にあるオフィスからは、東京湾を一望でき、カバンひとつで成田空港から幕張に来れば、机、椅子、キャビネットはもちろん、FAXや電話、それにバイリンガルの受付サービス、秘書サービスなどもあり、来日当日から日本でビジネスが出来るようになっている。「日本ではまだ珍しいですが、外国人にとっては当たり前のような施設です。オープン当初は利用率が伸び悩み、苦労した時期もありましたが、最近かなり人気が出始め、ちょっとホッとしているところです」とアドバイザーを務めるアメリカ人のオーランド・カマーゴさんは言う。この貸しオフィスから始めた企業が、日本でのビジネスを軌道に乗せ、より本格的なオフィスを求めて、ワールドビジネスガーデンのテナントに入る例も少なくない。
こうした〈企業にとってのホテル〉があるのも、また幕張という都市の面白さだろう。
海を眺めるオフィス、魚の釣れるマンション
このJBCを始め、ワールドビジネスガーデンに入居している企業は、都心部にはない居住環境を満喫している。
例えばマリブウェストの最上階には、ワンフロアを占めるテナント対象の会員制クラブがあり、リフレッシュルームやアスレチックゾーン、各種サウナやジャグジーなどのリラックスゾーンが揃っている。さらにはるか水平線を眺めながらの接待ディナーやバーが楽しめるクラブ・ラウンジもある。「賃貸ビルで窓からビーチが見えるというオフィスはあまり例がないでしょうね。研究開発型の企業にも多くご入居いただいており、現在、コンピュータ、電気、薬品等を中心に100軒を超えています。外資系からのお引き合いも多いですね」とワールドビジネスガーデンを管理する三井不動産WBGオフィスの吉岡徹也さんは語る。
閉じられたオフィスビルではなく、国際交流ゾーンの中核施設としての役割を意識し、外部の人々にも開放する姿勢をとる。そのひとつが月に一度開かれる無料の室内楽演奏会。当初はビルのテナント向けに行なったものが、今では毎回200〜300人の人々が集まる人気コンサートになった。
コンサート当日は、近所に住む主婦や子供たちが席を確保するため早々と集まってきたり、モールを歩く幕張メッセの入場者がふと立ち止まって演奏に聴き入ったりする。
幕張のベイタウンに住むバイオリニストの御木マドカさんも、演奏仲間を誘って駅反対側のもうひとつのテナントビル、幕張テクノガーデンで、ランチタイムにコンサートを開こうと張り切っている。「引っ越してから近くを流れる花見川の河口辺りで、セイゴやイワシなどが釣れるのを知り、子供と一緒に釣りファンになってしまいました」
またベイタウンのマンションは、それぞれ中央にパティオスと呼ばれる共有の中庭スペースがある。「そこで住民参加のビア・パーティを開いたりもします。以前暮らしたことのあるデュッセルドルフのフラットにもパティオスがあったのですが、そこはすごく孤独で閉鎖的な感じでした。でも、ここでは名前や素性を知らない人たちが寄り合って、都会的な匿名性も許しながら、温かみもある、そんなコミュニティが生まれたらいいなと思っているんです」と、御木さんは目を輝かせる。
また新都心内の神田外語大学で中南米の近現代史やスペイン語を教える柳沼孝一郎助教授は、ベイタウン内の自宅から大学まで、自転車で10分という都心では信じられないような職住近接暮らし。「メキシコや中南米に調査に行く際も、成田空港まで30分という近さで非常に助かっています。ウチのパティオスでも、みんなでバーベキューでもやろうかなんて言ってます」と語る。
時間、空間、そして個人の間にも都心とは違う余裕があるからこそ、こうした近隣や共同体への配慮が生まれるのだ。
街のシンボルである幕張メッセにも、海外経験や語学力を生かして、ボランティアをさせてほしいという、地元住民からの要望が寄せられているという。「東京、横浜などコンベンションの競争相手も多くなりましたが、私たちには7年間、様々な展示会やイベントをこなしてきた実績とノウハウがあります。例えばインターネットを使ったコンベンションの同時中継なども、主催者さんや出展企業さんとの連携プレーで、先進的な試みを成功させたりもしています。そうした熱意と会場の使いやすさ、運営の経験など、ソフト面でのサービスの手厚さも、高く評価していただけていると思います」と幕張メッセ営業開発部の松澤一美・調査広報課長は熱っぽく語る。
巨大都市、東京の模倣ではない幕張独自の「個性」豊かなライフ・スタイル。それは、こうした住民たちの言葉の裏側に、既に実感として生まれてきているように感じられた。
きりやま・ひでき●ノンフィクション作家
1954年生まれ。海外旅行誌の記者を経て、1985年からフリー。マガジンハウスの雑誌『ガリバー』創刊に参画。都市の文化、都市の国際化を基本テーマに、観光やホテルに関するホスピタリティ論から、震災後の神戸復興論などまで、世界各地を駆け巡ってルポを続けている。著書に『シティホテルの居住学』『文明退化の音がする』『第二の人生いい処見つけた』『現代ジパング見聞録』など。
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