■特集■「共生の時代」を考える
アジアがつくる共生の思想
山折哲雄■宗教民俗学者/国際日本文化センター教授
日本人の「天然の無常」(寺田寅彦)。
インド人の「林住期」。共生の思想を、アジアの知恵のなかに探る。
心を慰める自然景観と都市の宗教建築
農村をつくったのは神だ、というのは正しくて、農村に行くと、必ず鎮守の社とか、産土神(ウブスナの神)があり、それを中心に村落は形成されています。ヨーロッパの都市のように、都市の中心にプラザがあり、教会があってという、シンメトリカルな、あるいは同心円状の都市形成ではない。鎮守の社は村の奥に鎮座している存在ですが、それが中心になって、村的な共同体が形成されたのです。そして、日本の近世都市にもそれは残っていたはずです。
明治以降の日本の都市形成において、その原理(考え方)は失われたけれども、この間阪神・淡路大震災があって、中井久夫さんが『1995年1月・神戸』という記念碑的なものを編纂されました。あの序文を読んで、僕は非常に感動したんです。
一番最後のところに、「実は神戸の都市のど真ん中に宗教施設があるんだ」ということが書いてある。キリスト教、仏教、ジャイナ教、ヒンズー教、イスラム教、さまざまな宗教的施設が中心にあったんだと。あれはほんとに驚きました。神戸という都市は、日本の伝統的な社会の原理を最も大事なところで継承していたなと。
しかも、中井さんはもう1つ重要なことを言っていて、神戸という都市がめちゃめちゃにやられたときに、自分の心を慰めてくれたのは、六甲の山の稜線と海の水平線の眺めだって言ってるんですね。そういう自然景観と、都市の中心を占めている宗教施設、その2つの問題に着目した精神科医はただ者じゃない。
神戸という都市は近代と伝統を見事に統合した都市だろうと思うし、今後の日本の都市のあり方にいろんな光を投げかけてくれる都市だと思いますね。そのこと自体が、震災というカタストロフを経て初めて自覚された――恐らく中井さんもそう自覚されたんじゃないかと思うし、僕らはそれによって教えられた。つまり、伝統的な世界の共同体的な要素と、近代の個人中心の都市形成は、どこかで統合していかなければならない。そういう時期に来ている。
そんな時代に「共生」という問題が出てきている。共生というのは、単に自然と人間との共生だけではなしに、人と人との間の共生も必要だし、親子も兄弟もそうだし、場合によっては、いま日本列島は会社列島なのだから、人間と会社との関係も共生の関係として考え直す時期でもある。これらのそれぞれの意味の共生感覚を、多面的に追求し考えなければならない。
しかし、その共生論の中で一番欠けているものがある。それについてはあまり指摘されないが、共生の思想というのは「共死」の思想の裏付けがないとだめだ、ということ。
共に生きるだけではだめなんだ、そこは共に死ぬところでもあるということです。死ぬ場所が、我々の都市じゃないかという視点が大切なのです。不思議なことに、共生、共生とどこの自治体に行っても叫ばれるけど、共死を問題として出す人はほとんどいない。これは一番の問題点だと思います。
例えば、介護を必要とする老人たちをどうするかという共生の問題があると同時に、その老人たちを最終的にどう看取るかという共死の問題がある。これからの共生論というのは、看取る人間、強者も、やがて看取られて死んでいくんだ、すべてが滅びるんだという考え方が絶対必要です。
ところが、日本の福祉行政というのは、老人問題とか身障者の問題に対しては、救済する者と救済される者という二元論の罠からなかなか抜け出られない。介護する者と介護される者、福祉の対象となる弱者と福祉を推進する行政の強い立場。この二元論がどこまでもついていくわけです。結局、予算をどうするこうするという問題になる。それでは、共生を掲げる行政とはとてもならない。
「天然の無常」がつくる都市
それと連関する思想的な問題は、いわゆるサバイバル戦略なんです。バブル以降の経済的不況の中で日本経済はどう生き残るかとか、世界のレベルで、地球環境がどんどん悪化していく中で人類はどう生き延びるかとか、サバイバル戦略があらゆるレベルで、あらゆる文化圏で議論されている。それと同時に、共に滅んでいく戦略、どうしたら美しく、きれいに滅んでいけるかという戦略。これについての考えが足りないんです。
ヨーロッパ型の共生論というのは、どうしても生きている者の側、社会の側が中心になる。最後にだれが生き残るか――そこでいろんな方法が模索される。ユダヤ・キリスト教的な終末論の世界観があるから、だれかが生き残る、というサバイバル戦略が出てくるわけです。ノアの方舟以降の彼らの永遠のテーマです。
日本の伝統社会は、その奥深くに仏教の物の考え方が流れています。仏教といってもいろいろあるが、仏教の中で日本人が最も重大視して受け入れたものは「無常観」です。この無常観というのは何も仏教だけがもたらしたのではなく、日本の自然そのものが教えてくれたものです。
自然は、四季にうつろい、変化に富んで、慈母のごとく人間を包み込んでくれる慈愛あふれる側面があるけれども、自然が暴れ出すとどうにも手の付けようがない。人間に対して物すごい暴力を加える、破滅を与える、そういう恐ろしい自然です。厳父のごとき自然です。
そういう自然と千年、2千年つき合ってきて、自然が怒り出したときには人間はなすすべを知らない。絶望するんじゃないけれども、その自然に従順に添って生きる生き方、そういう知恵を蓄積してきたと思うんです。自然とともに生きる、自然の前にこうべを垂れて自然には絶対反逆しないという心構えで生きる、その精神態度の底に無常観が流れているんです。逆に、無常観が流れないとそういう精神態度は出てこない。これは決して弱い無常観、諦めの無常観だとは思わない。またニヒリズムでもなければ、ペシミズムでもない。
物すごい大災害があっても、翌日からまたケロッとして生きていく、そういうしたたかな現実主義みたいなものが、生きるための無常観です。この現実感覚はもう少しポジティブに評価してみる必要があるんじゃないかと思います。
近代でも関東大震災を調査した物理学者、寺田寅彦が『日本人の自然観』の中で、「天然の無常」と言っている。西ヨーロッパの自然というのは、地震がないし、台風がないし、安定している。だからこそ西ヨーロッパの人間は自然に対して合理的に対処することができた。徹底して開発することができた。それがヨーロッパの自然科学の特徴だと。自然を計算し、予測が可能なわけです。ところが、日本の自然というのはそれが全然できない。そこから日本人独自の学問とか、日本人独自の科学的精神が発達したんだと。何も西ヨーロッパの科学だけが科学じゃないですね。日本の自然に適応した科学的知識と科学的方法があるはずだ、それを再評価しろということを、すでに昭和10年の段階で言ってるんです。
都市というものをつくり出していく上で、その基本に流れている「天然の無常」を原理とするかしないかで、まるで違った都市ができてくる。その天然の無常という感覚は、仏教がもたらした仏教の無常観と重なった、と彼は見るわけです。自然というのは単に物体としての自然ではなくて、日本人というのは昔から、自然の中に神を感じ、人を感じてきたところがある。人の声を聞き、神の声を聞いてきた。これが共生感覚の基本にあるわけです。
そういう無常観に支えられた人生観というのは、「滅ぶときはみんな一緒に滅びよう」という感覚ですよ。無常観からは「だれかが生き残る」という考え方は出てこないんです。だから、共生一本やりではなしに、「共生・共死」の思想ということになるのです。共に栄え、共に滅びる。この世界観は『平家物語』にも『方丈記』にもあり、だからこそそれらが国民文学になり得たんだと思います。
会社人間の林住期
日本列島は会社列島になって、日本人の大部分は会社に帰属しており、共生を考えるとき、会社と人間との関係は大きな問題です。
従来の代表的な考え方で、松下幸之助さんの考え方がある。会社員は会社が全部見る。生まれてから死ぬまで。死んだあとは高野山にお墓もつくる。生老病死から始まって、この世、あの世、全体を会社が見てしまう。これが日本の資本主義が成功する1つの要因をなしたのではないでしょうか。ヨーロッパ型の資本主義とは違った資本主義。巧みな搾取の体系をつくったといえばそうもいえるけど、美しくいえば、人間中心の資本主義だともいえる。
これからは、それだけではだめです。人生50年が、いつの間にか60年、70年、80年となった。ところが、相変わらず我々の会社生活は、55歳定年とか、長くても60歳定年でしょう。その後に20年とか30年という余暇ができます。これをどうするかという問題。それについてのモデルはない、処方せんはないというふうに言われてきているし、どうも有効な青写真がつくられているようではない。
しかし、そんなことはないのです。ちゃんと伝統的なモデルがいくらでもあると思います。その1つは、インドにあります。日本人は千年間は中国から学んできた。明治以降百年間はヨーロッパから学んできた。さて、これからどこから学ぶのか。「それはインドだ」というのが僕の持論です。
インド人が2千年前に考えついた人生観に「四住期」というのがある。人間は4つのライフステージを経て死んでいくのが理想的だというわけです。
第1ステージは「学生期」。師について学んで、禁欲的な生活を送る。
第2ステージが「家長期」。結婚して職業に就いて、子供をつくる。どこの文化圏にもこの2つのライフステージというのはあります。おもしろいのは第3ステージなんです。彼らは「林住期」と言ってます。
「林住期」というのは、出家とも違う。結婚も仕事もし、経済も安定した段階で――2千年前のインドというのは家父長制社会ですから――主人がホッと家を出るんです。旅に出て、自分がいままでやりたいと思ってもやれなかったことをやるわけです。宗教的な生活を送ったり、森に入って瞑想するとか。そこから林住期という言葉が出てくるわけです。あるいは、芸術の世界に入っていく、バイオリン片手に音楽によって食べていく。現在でもインドを旅してると、そういう人間によく会います。1年、2年、巡礼地をめぐり歩いたり、都市の盛り場をめぐり歩いたりして、遊行遍歴の旅をするわけです。
そのうちカネがなくなってくる。そうすると、彼らは物乞いをするんです。乞食(こつじき)ってやつをやるわけです。単なるお乞食さんの場合もあるし、芸を売る――音楽を聴かせる。大道音楽士ですよね。あるいは、瞑想して宗教的体験を得て、それを人々に話して聞かせることによってお布施をいただく。そしてしばらくしたら、また自分の家族のところに戻ってくる。2年たって戻ってくる。5年たって戻ってくる。いろいろな人間がいるわけです。自分の能力とか体力に応じて選択すればいいわけです。これを林住期と呼びます。
だから、共同体とか自分の家族とは縁を切ってないわけです。しかし、世俗的な社会から出ようとする意欲はあるわけです。僕は、これは聖と俗が混交しているライフステージだと思います。聖俗浮遊といったらいいのかな。これは非常に味がある生き方です。
林住期に出ていった人間の中から、千人に1人、1万人に1人、その次の第4ステージにのぼっていく。第4番目は遊行期、あるいは遁世期ともいいます。これは共同体や家族のもとに帰らない。本当の聖者になるわけです。かつての仏陀がそうだったし、現代では仏陀の精神を受け継ぐマハトマ・ガンジーがそうだったと僕は思うわけです。この考え方が、2千5百年の歴史を貫いて生きてるわけです。
林住期は何も男だけがやる必要はないんで、女性もやっていい。現代の日本の社会では、男というのは家を捨てにくい動物で、女性のほうが平気で家を出て、群れをつくってやってます。危険だということもあるから群れをつくるんでしょうけど、群れをつくってるのはいけない、1人でやれば1番いいんです。
聖の世界と俗の世界を行ったり来たりする、第3ステージとしての林住期、これを我々は現代の日本の社会にどう生かしていくか。個人的な生き方のレベルで考えるのもよし、会社と個人との関係で考えてもいいし、そういうことが必要になってくるだろうと思います。
じゃあ、日本の文化伝統の中にそういう生き方はなかったのかというと、あると思う。それが古代から中世にかけての遁世者の生き方です。1度出家して、再出家をする。『方丈記』の生活なんてまさに林住期の生き方です。西行がそうだし、良寛がそうだし、山頭火だってそうだと思います。そういう連中がいま顧みられているわけです。
これからのサラリーマン人生を、新しい高齢化社会に向けて組み換えていく場合に必要なのは、まず第一に、原点としてのインド的な林住期というものを考える。それが日本化した形での、西行と、鴨長明とか良寛の生き方をモデルとして再構成していくことが必要になってくる。
そこで思うのですけれども、さきの松下幸之助的会社主義というのは人生全体を包み込んでしまうという考え方なんだけれども、林住期的な会社主義で考えると、例えば40代になって、会社にいたい人は1週のうち半分出てこい。給料もそれに応じた算定をして、あとの半分は好きなことをやると。会社とその個人との関係においてはまさに林住期的な生き方になるわけです。それを50代にやるのか、60代にやるのか、それぞれで差があると思いますが。
そういう生き方を、これからの経営者が認めるか認めないのかという問題になる。そうなると、公私の問題、個人と集団の問題、それをはっきり意識しながら、しかも断絶させないで人間社会を統合していく原理を、会社を中心にしてつくる必要が生じる。
もちろん、ずっと会社に出て働きたいという人間はそうさせればいい。そういうエネルギーにあふれた人間は、70歳ぐらいになって初めて林住期的世界にあこがれるようになるわけです。一律定年制というのは壊し、定年はそれぞれが選べばいいことになるでしょう。
そうすると、会社に勤めているときには個人と会社との共生の関係だけれども、1年間、暇をとったときには、「自分はいかにして生きていかにして死んでいくか」という共生・共死の問題が当然出てくる。両親が病気だから介護しなきゃならないというと、まさに共生・共死の世界になる。そのために会社を1年休む。それは林住期なんだというとらえ方です。
そのとき、休暇という考え方を根本的に変えなければいけない。林住期的な生き方というのは休暇じゃないんです。英語で休暇というと、バケーションとホリデーという言葉がありますが、バケーションというのはバカーレというラテン語から来ている言葉で、「家を空にする」という意味です。バケーションを享受する人間は、必ず家を出て遊行漂泊の旅に出る。これが前提になっているわけです。それに対してホリデーというのは、身を慎んで家に閉じ込もって、神に祈る日なんです。
西欧社会においてもこの2つの休暇の過ごし方があって、はっきりしていたと思います。1つは、家を出ちゃう。1つは、家に入って神に祈る。そのかわり仕事は一切しないと。この2つの生き方を復活させるという手はあるわけです、林住期的生き方を採用することによって。
これからの経済というのは、いままでのような成長、成長では行かないでしょう。そのとき、従来のような人員整理による合理化ではなしに、林住期の休暇も入れ込んだ人員再配分による多元的な生活様式をつくり上げていくことになるんでしょう。
乞食精神の復活
現実には、林住期を迎えた人は、ほとんど都市に住んでいます。その都市の中でも、新しい林住期型の人生を過ごすのに適したような、生き方というものは結構あると思うんです。
もう1つ、都市から出て、日本をほっつき歩きたいという人もいるでしょう。西行型の人間ですね。しかし、都市から外に出たら、いい自然が残ってるかというと、これがあやしくなっている。その地域に住む人にとっては開発が必要なので、そこは難しいけれど、それにしてもたとえば最近の温泉なんてひどいことになっている。集団ツアーだけのために温泉が改造されている。いまの温泉場は、1人で泊まりに行ったら、こんなみじめなところはない。本当の山の中にでも行かない限り、温泉に来たという感じにならないですね。だからさらに山の奥へ奥へと入っていくことになり、これが結構また林住期的な行き方になるのかもしれない。
それから、「物乞い」が自由にできない。乞食文化が廃れちゃったということがある。昔は、乞食というのは一種の勧進聖で、俺はこういうことやりたいんだ、だから恵んでくれというやり方です。だから、物を乞うと同時に心を乞うていた。物乞いの「物」の中に、日本語は非常に複雑にいろんなものを入れていたわけです。「物詣で」というのは寺社詣でなんです。もののけ、もののあわれ、みんな「もの」なんですよね。それを全部含めた物乞いだったわけです。遊行期を生きる人間、みんな、物を乞うて生きていたわけでしょう。
今日、物乞いの物は物質になっちゃったわけです。だから浮浪者になるわけで、乞食はさげすまれちゃって、乞食的風格というのは全然なくなるわけです。梅原猛さんが、研究所を建てるときに、財団をつくってサポートするために、関西財界からカネもらって歩いたわけです。「俺も乞食して歩いたよ」って。我々の経済活動の中に、乞食の行為というのは、微妙に含み込まれているわけです。
メセナって言葉がありますね。これだって、乞食行為があって初めて成立するわけでしょう。ほんとに自分のやりたいことをやるときは、物を乞うしかないわけです。乞われたほうは、それを出すことによって自分も癒されている、ギブ・アンド・テイクの関係なんです。だから、メセナなんていうあたらしい言葉がつかわれることは、日本の文化にとっては恥辱だよね。乞食の精神の復活は大事なことです。
もう1つ、老人にとっては、若い女性がそばにいるということは、美しく死んでいくためには大変重要な条件です。良寛にとって貞信尼がいて、一休に森侍者がいたように、昔の偉い坊さんというのはそこを考えてたと思う。その場合、若い女性は、年をとって死にゆく人間にとってのボランティア。死の介護のボランティアです。そのためには、老人は若い女性の人生の先達でなきゃいけない。若い男の子よりこのおじいちゃんがずっと魅力があると。絶対そうでなきゃ嘘ですね。その逆の関係も可能でしょう。年老いたおばあさんに寄り添う若い男。これもいいですよね。大変ですよ、魅力的なおばあさんになるということは。しかし、表面に出てないだけであって、日本人は結構そういうところは抜け目なくやってきた民族だと思います。
ただそうはいっても、最後の覚悟みたいなものは、人間は、共に生きるけど、最後は共に死んでいくんだということです。その「共に死ぬという行き方」には孤独な死に方まで含まれているわけですよ。誰かがそばにいて一緒に死んでいくなんて、そういうイメージじゃない。最後は1人で死ぬ以外にないわけです。すべての人間がそうなんだという、その腹のくくり方なのです。
(談)
やまおり・てつお●宗教民俗学者、国際日本文化研究センター教授
1931年サンフランシスコ生まれ。東北大助教授、国立歴史民俗博物館民俗部門教授を経て、現職。日本とアジアの宗教や信仰、思想的な現象を通して、古代から現代までを横断する幅広い宗教や民俗の研究を行う。著書に『臨死の思想』『死の民俗学』『日本人の霊魂観』『日本仏教思想論序説』『乞食の精神誌』『生と死のコスモグラフィー』など。
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